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Advent-Motetten op.176

待降節のためのモテット 作品176

 1893年の夏にラインベルガーは待降節のための連作モテットの作成に取り掛かった。これはかなり特殊な企画である。クリスチャンではないWebMasterには非常にわかりづらいが、キリスト教のミサは日々の行事によって歌われるテキストの内容が日替わりとなり、その日その日の「固有(文)」のテキストが存在する。これは「教会暦」にそっている。日々変化しないテキストは「通常文」といいKyrieやGloriaなどが該当する。ただし行事(曜日)によっては通常文も使用されないこともある。

 

 この通年のミサ固有文に作曲しようとする試みはあまり成功例が無い。しいてあげれば全てのミサ固有文に作曲を行ったハインリッヒ・イザーク(1540頃-1517)による『Choralis Constatinus(コンスタンツ大聖堂の合唱曲)』(1500・完成はルートヴィヒ・ゼンフル)があるが、現代において人口に膾炙しているとは言い難い。

 

 えっ? メンデルスゾーンとかブラームスのモテットは盛んに歌われているじゃないかって? 彼らはルター派プロテスタントで、今回はカトリックを対象にしてますから。

 えっ? 他の作曲家もいっぱいモテット作っているでしょって? いやそれらは定番のテキストだから。「Ave Maria」、「Tantom ergo」、「Regina caeli 」、「Salve Regina」など単発的に定番のテキストに作曲されたもので、一定の期間に対応した連作ものではないですから。

 えっ? デュルフレの『グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット Op. 10』とかあるじゃんって? それ時期とかバラバラですから。プーランクだと『悔悟の時のための四つのモテット』とか『クリスマスのための四つのモテット』があるって? 細かいことはいいんだよ o( `ω´)o

 

 さて、ミュンヘン・宮廷諸聖徒教会の音楽監督・宮廷楽長を務めていたラインベルガーは待降節の4つの日曜日のための9つの讃歌に作曲を行った。混声四部合唱のための『Advent-Motetten op.176 待降節のためのモテット 作品176 』(以下「『アドベント・モテット』」と記す)である。下書きによれば教会暦の順に作曲を行い、6月26日から7月9日にかけて浄書を完成し、ライプツィッヒのロイッカールト社に送られた。無伴奏混声合唱だけでも8チクルス。同声合唱(重唱)・独唱と数多くの宗教曲を発表してきたラインベルガーにとっての最後のまとまった宗教曲集となる。これらの作品は自身が務めていた宮廷諸聖徒教会などで先達の作品と共に折に触れて自演していた。

 

 『アドベント・モテット』がそのまま現代に伝わっていればよかったのだがそうは問屋が卸さない。同曲集はその成立過程(及び現在出版されている楽譜も)が複雑で非常に面倒くさい。現代においてはカールス社から出版されている単行本を扱えば(同時に掲載されている解説を読むとよい。一般論としてあまり読まないだろうけどね~)いいのだが、分売されているピースだけを使用していたりする場合などは、ある程度その成立過程を把握しておいた方がよいだろう。

Rorate coeliの冒頭部分。初稿
Rorate coeliの冒頭部分。初稿
第2稿。こうやって並べてみると単語の補正程度ではなく、実はかなり修正していることがわかる。
第2稿。こうやって並べてみると単語の補正程度ではなく、実はかなり修正していることがわかる。

 まず、ミサ曲の項目でも述べているが、ラインベルガーはあまり語学が得意ではなく、ラテン語が不得手であった。妻フランチスカ(ファニー)・ラインベルガー(フォン・ホッフナース)は語学に堪能であったが、すでに他界しており(ただし彼女もミサ曲に関してはあまり関与していないようだが)、適切なアドバイスを与える人はいなくなっていた。このことにより当時の南ドイツ・オーストリアを中心としたカトリック宗教音楽界の主流とは非常に折り合いが悪かったことはすでにミサ曲の項で述べている。7月9日に完成した浄書(以下「初稿」)だが、この版にはかなりの問題が存在してた。いくつかの単語はスペルミスがあった。例えば「4. Deus tu convertens」では "vivificabis" を "vivicabis" と誤用している(2-3小節目)。またいくつかの単語にはアクセントが間違った位置に配置されていた。「5. Qui sedes」では"excita"という単語は語頭ではなく第二音節にアクセントがあった(35-38小節目など)。ロイッカールト社はこれらの過ちについての訂正を作曲者に求め、彼は修正を行った。第2稿は1893年9月8日に完成している。スペルミスについては修正された。しかしアクセントの誤りはそのまま残ってしまうのであった。ロイッカールト社はこの第2稿を1893年に発売する。大体この辺で打ち止めだったら、誰もそんなに苦労はしない。話はまだややこしい。


レンナーによるアクセントの修正
レンナーによるアクセントの修正

 

 ロイッカールト社はアクセントの誤りがあることに頭を抱えていまい、ラインベルガーの弟子、ヨーゼフ・レンナー・ジュニアに修正を依頼し、1902年に再出版される。このレンナー修正版(以下レンナー版)が今日の流通している楽譜の底本となっている。2回修正されて今日に伝わっているならまだまし。話はまだややこしい。現代の流布している楽譜でも混乱が有ったりするのだ。 

 

 実は下書きの時点ではラインベルガーは教会暦の順で書き進めていたのだが、初稿の時点でその並びを放棄し、独自の曲順を定めているのであった。現在流布しているカールス社の単行本(以下「単行本」)では、教会暦の順に配置され、  

  1. Ad te levavi
    待降節第1主日の入祭唱
  2. Universi
    待降節第1主日の昇階唱とハレルヤ唱
  3. Ex Sion
    待降節第2主日の昇階唱とハレルヤ唱
  4. Deus tu convertens
    待降節第2主日の奉献唱
  5. Qui sedes
    待降節第3主日の昇階唱とハレルヤ唱
  6. Benedixisti
    待降節第3主日の奉献唱
  7. Rorate coeli
    待降節第4主日の入祭唱
  8. Prope est Dominus
    待降節第4主日の昇階唱とハレルヤ唱
  9. Ave Maria
    待降節第4主日の奉献唱と聖マリア祝辞

となっている。ラインベルガーは初稿で  

ロイッカールト社から出た出版譜表紙。右の曲順となっている。
ロイッカールト社から出た出版譜表紙。右の曲順となっている。
 
  1. (7) Rorate coeli
  2. (2) Universi
  3. (1) Ad te levavi
  4. (3) Ex Sion
  5. (4) Deus tu onvertens
  6. (5) Qui sedes
  7. (6) Benedixisti
  8. (8) Prope est Dominus
  9. (9) Ave Maria

 と曲順を並び替えてしまった。これは第2稿にも引き継がれる。当然ロイッカールト社から出版された1893年版はこの並びに準じている。ラインベルガーがなぜこのような並びにしたのかはわからない。すでに彼に関するよき報告者・妻のフランチスカはこの世にいない。

 

 現行で『アドベント・モテット』の録音CDは3種類見受けられる。レーベルとしては、Carus(83.158/楽譜の出版社: Rec. 2002)、Prospect (04295 : Rec. 1995 )、Ars Produktion(FCD 368 374: Rec. 1999)。どれもが単行本に準じた曲順で収録されている。つまりそれまで全集しか見ていなかったWebMasterにとってはこの違いがなぜ発生しているのかが理解できなかった。一枚ぐらい順が違うものがある程度なら、誤差の範囲だろうが全部というのは納得がいかない。そこでもしやと思い使用されているだろう楽譜=「単行本」を取り寄せてみたところ、ようやく積年の疑問が氷解。

 

 さー、それでは現代流通している楽譜に話を移そう。現行で一般的に流通している楽譜はカールス社から出版されている単行本(50.176)、もしくはさらに細かく(教会暦順に)5冊で分売されているピース(50.176/10~50)だろう。これらはレンナー版を基にした同じエディションである(正確にはWebMasterはピースを所有していない。ゆえに同じ版だと思っている)。この単行本は1983年に編集され、その際に『アドベント・モテット』には3つの異稿が存在することが判明した。上に記したように初稿・第2稿を参照しつつレンナー版に基づいている。単行本の註釈には第2稿=ラインベルガー自身の決定稿との比較がなされている。同社からはさらに別のエディションがでている。

 

 まず、1988年から始まったラインベルガー全集である。『アドベント・モテット』は第7巻宗教曲集その2(50.207/2003年)、無伴奏混声合唱宗教曲集(以下「全集」)に所収された。その際ラインベルガーの意思を尊重して第2稿を基に掲載され、クリティカルレポートではレンナー版との違いを示している。もう一つある。

左:単行本。右:曲集
左:単行本。右:曲集

 2001年、ラインベルガー没後100周年に際し、カールス社は20数曲の混声合唱のための宗教合唱曲集を編纂した(Josef Gabriel Rheinberger Geistliche Chormusik für gemischten Chor/20.265/2001。以下「曲集」)。この曲集に『アドベント・モテット』が丸々9曲、すべて収録されている。WebMasterはこの「全集」と「曲集」を所有していたため、もう十分だろうと単行本は所有していなかった。曲集は全集に準じた曲順だったため、全集ですべてが足りると思いこみ、曲集との比較を行っていなかった。これがいけない。実は曲集のオタマジャクシは、単行本に準じているのである。おわかりだろうか。3つのエディションはばらばらに編纂されているのだ。え~、そんな~。確かに独/英の解説を読めばわかることだが、こっちは日本人の音楽の素人で語学力ないんだから。しかもクリスチャンじゃないし。「全集」の解説にはレンナー版ではなく「第2稿」をもとにしていると書いているし、まさか「全集」と「曲集」で編集が違ったいるとは思いもしない。てっきりカールス社は第2稿を尊重して「単行本」は「全集」と同じものと思い込んでいた。

 

 一つだけ疑問点がある。教会暦順に並べた曲順は誰のサジェスチョンなのだろうか? レンナーなのか、それとも「単行本」を編集したギュンター・グラウリッヒだろうか? はっきりしていない(おそらくグラウリッヒ。なぜなら上に上げたレンナーの修正画像でDeus tu convertensが5番のままだから)。ま、どちらでもよい。WebMasterはラインベルガーによる曲順は間違っていると思う。この曲集は割に複雑な形を持って成立したが、別にそんなことは知らなくても「単行本」だけ持っていれば(その解説を読んでおけば)なにも悩むことなんて無い。でもちょっと頭の片隅に入れておいてね。

ラインベルガー全集第1部宗教曲編 第7巻宗教曲第2巻無伴奏混声合唱編
ラインベルガー全集第1部宗教曲編 第7巻宗教曲第2巻無伴奏混声合唱編

 ラインベルガーは自らの手で『アドベント・モテット』を宮廷教会の典礼で演目にあげることはほとんど出来なかった。彼は1894年、表向きは健康上の理由で音楽監督の地位を辞している。一説にはセシリアンからの絶え間ないあら探しに嫌気がさしたからとも言われる。セシリアンたちが提唱していた当時の新作は過去の巨匠たちの模造でしかなく、芸術的不毛なものばかりであった。ラインベルガーは『セシリアニズムに反対するもの』(研究者・ハンス=ヨーゼフ・イルメンの著作名)だったのである。