参照される方々へ。弊サイトのデータをもとに解説を書かれる場合は出典として弊サイト名をお記し下さい。

Die Wasserfee op.21

水の妖精 作品21


 ラインベルガーの妻ファニーはしばしば夫に附曲する詩を提案し、文学一般的な事柄において助言を行った。この点において彼女は作曲家に対し多大の影響力を及ぼした。ヘルマン・リンク詩作による『水の妖精 作品21』も同様にファニーからの提案にその存在を負っている。「私はリンクの『水の妖精』をクルト(彼女が夫につけたあだ名)に示してみた。彼はそれを受け入れた。」と1869年5月5日のファニーは日記にしたためている。翌日までにはラインベルガーは新しい作品に没頭していた。

クルトは完全に「水の妖精」に魅了されていた。彼は今朝すでに作業に取り掛かっていた。今夜の九時、それはランプから彼を引き離し、そして波は彼の指の下でせせらいでいた。彼はやさしく歌い、完全に没頭している。わたしの真面目で、明晰で、冷静なクルトは幸福感で夢中になっている。(訳者註:ファニー・日記・1969年5月6日の記述)

 

 自筆稿に記載された日付によると作品は5月10日に完成している。15日のファニーの日記には「四声の『水の妖精』は出版社のフリッチに送った」と記されている。ほぼ二か月後の7月12日フリッチは編集の終わった見本6部をラインベルガーに郵送した。1873年、ラインベルガーの教え子で写譜屋のヨハン・N・カバロが『水の妖精』をオーケストラ伴奏用に編曲を用意したが、それは未刊行のままである。

 

 『水の妖精』の作曲時期、ラインベルガーは自身のオペラ『七羽の烏 作品20』の1869年5月23日における初演を控えた微妙な時期であった。この時期からファニーの日記の記載は、大部分の彼らの時間のほとんどがこの素晴らしいイベントのためのリハーサルと他の準備に取り掛かっていたことを示している。ラインベルガーの友人でミュンヘンの文化史家で音楽学者のヴィルヘルム・ハインリッヒ・リール(1823-1897)に『水の妖精』が献呈されたのは、おそらくオペラに関係があったものであろう。リールは1869年5月11日に『七羽の烏』のスコアを作曲家に求めていた。「なぜなら彼はラインベルガーの音楽から受けた大きな喜びに対する感謝を新聞紙上で発表したかったから(訳者註:ファニー・日記・1969年5月11日の記述)」である。その後まもなく1869年5月28日に、リールはミュンヘン新報の増刊に論評を表した。彼はオペラについて、詳細かつ広範囲で好意的な論評を行った。ラインベルガーが『水の妖精』を『七羽の烏』を好意的に紹介してくれた事への感謝の現れとして、リールに献呈するのを短期間で決めたであった。

 ラインベルガーの作曲は、リンクの詩の陰鬱でよどみ、はかない非現実的な気分を効果的に捉えている。冒頭、波打つようなピアノ伴奏上に「浮遊する」合唱、ピアニッシモで湖上の霧と夕暮れの情景をつくりだし聴衆を雰囲気に取り込んでいる。12小節の旋律線は鮮やかに波に飛び込むカモメの揺らぎを描き出している。おそらく予想に反し、しかし完全に夢のような非現実性と全体のイメージのわずかに実体のない雰囲気に合わせ、ラインベルガーは優しく「und die Wellen schießen her und hin そして波はうねり(21から25小節目)」と歌わせる。刻まれたリズムの小節に続き「wie sie grüßen, wie sie fliehn どのように迎えよう、どのように逃れよう(25から29小節目)」の箇所は波の押し引きを表します。より劇的な第二節(45小節目)ではピアノ伴奏はうねり、特徴的に繰り返す短い音符により、曲の導入部よりも湖が荒れているようにモチーフが変化する。第三節と第四節の開始部は冒頭のテーマが再現され(71から76小節目と105から112小節目)構造的感覚を与える。ことさらに表現力に富むのは「ums verlorne Himmelreich 失われた楽園」の箇所の嘆きで、「in Gestein und Klippen 岩や崖に」残響し声部の模倣の反響と呼ばれるかもしれないものを受け取る。

『水の妖精』は1872年5月27日ミュンヘン・オラトリオ協会にて作曲者自身のタクトにより初演された。それはとても好評を持って迎えられた。

 

 ヘルマン・リックは彼の『水の妖精』への附曲に魅了されていた。彼はこれまで詩にまったく満足していなかったが、この時になって深い音楽的解釈を通して完全に得心が得られたので、すぐにクルトに話しかけるために彼は近寄った。リールはクルトと握手するため演奏のすぐあと舞台上に上がった。(訳者註:ファニー・日記・1972年5月後半の記述)

同時代の報道においても、『水の妖精』を称賛する言葉が見受けられる。確かに「音楽週報」の批評家は「時に短い霊感的モチーフを伴い、いかに美しさを提供したにしても」不満だった。そして彼らは「本物の生身の人間を一緒のより親密でより深く感じられるメロディーを」要求した。これは特に「水の妖精の大げさに出現する数少ないいくつかのパッセージ」に当てはまった。大体においてラインベルガーが何とかした方法は律動の連続性、声部の抑制と分配、よく練られたリズム、絶妙な強弱、想像的な作曲技法は実に見事である。

 

 

Rheinberger Sämtliche Werke 22・Weltlich Chormusik IV für Chor bzw. Solostimmen mit Begleitung

(Foreword XXI-XXII/ Sebastian Hammelsbeck)より


Endlos über Wasser hauchen Nebel,

dem Gestade nah;

Möwen aus der Woge tauchen,

Dämmerung und Nacht ist da.

Und die Wellen schießen her und hin;

wie sie grüße, wie sie fliehe,

in wie im süßen Melodien!

Horch im See, die Wasserfee!


Sturmhell dunkel glühn die Wogen,

sind es Seelen, die hinab,

um ihr Erdenglück betrogen,

Liebe zog ins feuchte Grab?

Siehst du sie dort winken, Fisch und Maid,

in der Linken hoch das kleid,

Gürtel blinken und Geschmeid?

Horch im See, die Wasserfee!


Sehnlich von den bleichen Lippen,

von den Lippen blass und bleich

klagt es in Gestein und klippen

ums verlorne Himmelreich:

„Alles unser Leben ist nur Flehn,

weinend Weben, singed Wehn,

Klag' erheben und vergehn.“

Horch im See, die Wasserfee!


Augenlockendes Gelüste

schaut herauf voll Liebespein,

Wellen rauschen um die Brüste

und wie Harfen klingst's darein,

und es flüstert, flüstert bange:

„O komm und scherz! ich verlange

dein mit Schmerz, rote Wange, fühlend Herz.“

Horch im See, die Wasserfee!


水の上、岸辺に寄せる絶え間ない霧

夜のとばり、波間から飛び立つカモメ

そして波はうねり

その甘い旋律にどのように迎えよう、

どのように逃れよう!

聴いておくれ、湖の水の妖精よ!




暗い嵐は魂があるかのように波を光らせ

地上の幸せを奪っていく

愛は湿った墓にかかる?

彼女の手招き、魚やメイドが見える?

左手に彼女のドレスを高く掲げてる?

きらめくベルトと宝石をちりばめる?

聴いておくれ、湖の水の妖精よ!



青ざめた唇に憧れて、

青白く弱々しい唇から

岩や崖に嘆き

失われた楽園

「すべての私たちの人生は弁解し

泣き、よろめき、悲哀を歌う

気高く嘆き、そして過ぎ去る」

聴いておくれ、湖の水の妖精よ!


目を引く欲望を探し

愛に満ちた痛み

波は胸の周りに殺到し

そして竪琴のような音

そしてそれは囁く、不安げに囁く

「あぁ来て、おどけて!あなたの痛み、

赤い頬、ハートを感じていたい」

聴いておくれ、湖の水の妖精よ!



 試みに、ラインベルガーのピアノ伴奏つき混声四部合唱曲『水の妖精 op.21』の解説とテキストを訳してみました。いかがなものでしょうか? 彼の世俗合唱曲はほとんど演奏させることはなく、もしできるなら皆さんに知っていただければと。ただその多くの無伴奏曲、いわゆるパートソングはほとんど面白くない。先輩たちである、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスのそれらからしたら本当につまらない。聴いていてまったくぴんとないものばかりであるので注意が必要である。この辺にラインベルガーの三流たるゆえんがあるのかもしれない(この辺は同時代人のマックス・ブルッフにも言える。彼の世俗合唱曲もつまらない)。強いてあげればピアノ伴奏つきのこの『水の妖精』か『誘惑』ぐらいしか面白いと思うものがないんだな~、これが。

 この曲は合唱曲受容史に少し記しましたが、京都のアンサンブルグループでしか記録が出てこないようです。

無断使用を禁じます。