Organ works of Rheinberger

Harvey Grace (1874–1944)


 この項は20世紀前半に活躍したイギリスのオルガニスト兼音楽評論家、ハーヴェイ・グレイスによるラインベルガーのオルガンソナタの解説を試みに訳したものである。ラインベルガーの音楽はオルガン物も含め、20世紀になると忘れらてしまったが、グレイスが属していたNovello社からもオルガンの楽譜は出版され、またイギリス・アメリカ出身の弟子たちによってその作品が紹介され続けたので、英語圏では人気が高かった。何にもましてこのグレイスによるオルガン作品解説が1925年に出たことが20世紀でのラインベルガー復権の鍵になっていたとこのである。ゆえにラインベルガー研究の一環とし読むべき書物の一つであろうと思い取り寄せてみた。基本的は新刊はなく、古本でしか手に入らない模様。ただしどうしてもWebMasterは語学に不自由していることと、読まなければならない大量の資料があるため、かなり中途半端になっている。でもせっかくだから少し公開し、皆様からのご助力を賜り、なんとか日本語訳を作成してみたいものだが、どなたか奇特な方はいらっしゃらないでしょうか?

 グレイスたちがNovello社で出版した楽譜を「あいつらのは独善すぎる! 何の根拠もない」とガンガン批判するオルガニストいたりするでの世の中は面白いよ。

 とりあえずは序文の一部と、いくつかの曲の解説の第一段落を訳してみた。興味のある方はご連絡ください。つーか訳して(ToT)


序文

 本書の内容はミュージカル・タイムス誌(Musical Times)の967 巻から975 巻までの再版である。

 

 オルガニスではない、もしくは楽器のレパートリーに興味がある読者は私にこう問うかもしれない、「なんでラインベルガーなんだ、単なる三流の作曲家じゃない。一冊奴の専門書を出すの?」

 

 その問いの答えとしては3つある。1.オペラ、オーケストラ、そして室内楽に関して言えば、ラインベルガーは三流の作曲家といえるかもしれないが、オルガン音楽に関しては一流の人物である。2.その大量のオルガン音楽は、オルガンを学ぶ学生の真剣なカリキュラムの一部となっている。3.後続の章の中で記載した理由により、イギリスでのオルガンの効果的実演は多くの考慮を必要とする。

 

 ラインベルガーは味気なくて学究肌な作曲家だという見解は、彼のオルガン音楽の完全な知識を持っている人たちは持っていない。そのような知識を持ち合わせない方々には、本書で示している音楽の例を検討することをお勧めする。これらの短い抜粋だけで、わずかの知識を持つ人たちへの最良の回答となる。彼らは、鈍い犬のように簡単に作曲者側に翻る。

 

 主張の言い方について、気遣いしすぎると感じる読者もいるかもしれない。著者は、彼の目的に対する熱意がしっかりした基礎を持つということができるかもしれない。彼は少年聖歌隊員の時に、バッハと同時にラインベルガーのオルガン音楽も知るようになった。二人の作曲家の距離は遠いが、著者に関して言えば彼らは非常に大きな一つの共通点を持っていている。教会のオルガニストとしての長い経歴を振り返って、彼らの音楽は他のどんな作曲家による音楽よりもはるかに良く、継続的に利用されるか否かというテストに耐えたことを、彼は発見した。彼の多くの良き同僚オルガにストたちが、同様の発言を聞いたように、オルガン作曲家としてのラインベルガーには、なにかが存在するに違いない。本書の目的は、演奏者がその「なにか」を掴み取り、それらを聞き手に渡すことを支援することである。

前奏曲

I.

 

 バッハの時代以降、もっともオルガン音楽のレパートリーに貢献したのは誰か?

 

 数年前まではほとんどのオルガニストは「メンデルスゾーンのソナタだ」と答えただろう。ある意味では今日、本当に言われるかもしれない。その本質的な価値は別として、メンデルスゾーンのオルガン音楽は極めて重要だ。本当に偉大な作曲家において、バッハの死後オルガンは見過ごされていた。器楽作品はオーケストラというライバルの後塵を拝し、四流の音楽家だけがオルガン音楽を作曲した。もちろん彼らはバッハのように書こうとし、(もちろん均しく)文字どおりの意味に関する限り彼らは成功しすぎる程成功はした。メンデルスゾーンは、オルガンのための作品の中でまさしく最高であるだけでなく、長く生き残ろうと努力していると見受けられる作品を書くことによって、この伝統を打ち破った。同じようなことがフランスでも起こった。ルフェビュール-ウェリーとバティストの浅薄な作品にゆだねられていたオルガンを、フランクとサン=サーンスが発見し、数年後にはその名声を引き上げた。

 

 歴史的な重要性の問題からは、従って、私たちの質問に対する答えはメンデルスゾーン、フランクもしくはサン=サーンスのどちらかの名前となるかもしれない。しかし3人あわせても作品数は少なく、従って我々は全体として答えを他に探さなけらばならない。作品をよく知っている大部分のオルガン奏者は、ラインベルガーの20 のソナタおよび100 におよぶオルガン小品が、バッハのオルガン音楽に続く二番目に重要な唯一のものであることに同意すると私は思っている。

 

 ラインベルガーの完全な作品目録 - それらは197 作品に及ぶ - を一瞥すると、彼のオルガン音楽の失敗した楽章の割合いの小ささを表している。彼は経験豊富で、器楽曲に着手するまではオールラウンドの作曲家であり、そして彼は数年間ほとんどオルガン音楽に注意を払わなかった。かくして彼の最初のオルガン・ソナタ - ハ短調 - は作品27 として数えられた。次の作品 - オルガン・トリオは - 作品49、3・4・5番目は - オルガン・ソナタ 変イ長調、ト長調、イ短調 - は作品65、88、98 となった。作品111 以降、オルガン作品の頻度が高くなり、時に追うのが難しいほど連なっている(例えば154, 156, 161, 162, 165, 167, そして 168)、彼がもっとも熟した時期に16 曲のソナタ、24 曲のフゲッタ、正確的小品(12 曲)、瞑想曲(12 曲)、12 曲の小品セットと12 曲のトリオ、そのほか2つのオルガン協奏曲、2つの弦楽器とオルガンの組曲、そして数多の声楽とオルガン伴奏作品を作った。大量の彼の教会音楽(12 のミサ曲と多くの宗教的歌曲、および合唱曲)は彼の人生の後半から作成されている。ラインベルガーは第5ソナタ(嬰ヘ長調)を作成することにより習慣的にソナタを作成するようになった。明らかに24 曲のソナタを書いて全ての長調・短調の調性を一巡しようとして作曲している。この仮定は20 曲がすべて異なる調である事実に基づいている。果たされなかった調は変ロ長調、嬰ハ短調、変ト長調(*)そしてホ長調で

あった。

(訳註:(*)原文ママ、短調と間違えていると思われる)

 

 なぜメンデルスゾーンはオルガン作品を書くとき、慎重にソナタ形式を避けたのか? よく聞くのは、彼がオルガンにはソナタの様式は不向きと考えており、そのため古いイギリスのオルガン独奏楽曲の様式を選んだということである。しかし彼のソナタの楽章の多くは即興で作成され、その後書きとめられ修正された可能性が高い。このことは、構造においてのみならず設計においても全体的に粗いことからも説明がつくと思われる。メンデルスゾーンは、作品に偉大な蓄積を込め、校正刷りの改正に熱心だったと主張したが、その主張にも関わらず、おそらくこの作品ほど、素材はこの上なく素晴らしいが紙面上の出来はこの上なく悪い作品はほかにないだろう。彼がソナタ形式を拒否したとしたら、しかしながら、彼には十分な根拠があった。冗長な展開は現代のオルガンでは有効となりうるが、メンデルスゾーンの時代には、そのような書法は単に楽器の限界が判明するだけだった。この危険は、ラインベルガーによって認識されているようで、彼のソナタ形式の使用はとても自由である。彼のすべての変更は単調さを逃れるために行われる。彼は通常再現部を短くし、冗長になることを避ける。彼の主題は、古典的ピアノソナタで通常行われる

ものよりもはるかに豊富であり、様々なテーマが自然に続くため、非常に小さな反復であっても、最小限の楽節であっても、豊かな旋律を感じることができる。彼のコーダの大きな特徴である。そしてストレットまたは従来のペダル音によるのではなく、むしろ主題を鳴り渡らせることによって、すばらしいフーガを成功のうちに完結させる。



No.02, Fantasia-sonata in A flat, op.65

 第2ソナタは第1ソナタよりもあらゆる観点で大きな進歩を示している。第1ソナタのフーガは伴う他の楽章を圧倒してしまtっている。第2ソナタの第1楽章はより発展した例であり、第2楽章のちょうどよい長さの表現力の高いアダージョである。ラインベルガーは彼のオルガンソナタでコラールを全く使わなかったが、今回はコラールに影響されたことをうかがわせる主題とフレーズ書いている。このソナタは讃美歌のような性格の幅広いフレーズ - Grave - で開始される。

 

(以下略)

No.04, in a minor, op.98

 「幻想」ソナタや「田園」ソナタのフーガの域にはまったく達していないが、第4ソナタは外見上の事例よりもよく知られることの値する優れた作品である。第1楽章は簡潔で素晴らしい。その主題は幅広く、真摯な調べで明白に調和している。


(以下略)



No.07, in f minor, op.127

"前奏曲"はラインベルガーの独創力の良い例です。それは5つ以上の主題に基づいており、それぞれほとんど等しく重要です。それらのうち二つは長い楽章に発展する十分な余裕のある素材を与えます。しかし、オルガンはは単調になりやすく、発展された展開は退屈につながりやすい。ラインベルガーはこの危険を認識しているようです。

 

(以下略)

No.08, in e minor, op. 132

 このソナタはシリーズの中でも長くよく知られたものの一つである。その人気は様々な理由によっている。パッサカリアは試験課題として有用なものである。フーガはその組み合わせとして最も困難なもののひとつである。平易で音楽的な緩徐楽章。スケルツォソは快活な演目である。しかしこの上なく素晴らしいのはパッサカリアで、レパートリーとして最高の一つであり、珍しいことに演奏者だけでなく聴衆にも訴えかける。これらの主張にもかかわらず、全体としてのソナタは籠の中のえり抜きの一つではない。スケルツォソとパッサカリアはラインベルガーにおける最上位の語法を示している。フーガとインテルメッツォは幾分劣っている。これら最初の二楽章は単に良いだけだが、第三、第四楽章は素晴らしいといっていい。

 

(以下略)



No.9, in B flat minor, op.142

第一楽章は、またしても主題の材料を惜しまないラインベルガーを提示している。加えて導入部のその一部がCodaとして使われている、a-b-c-a-b-c-aからなる適切な3つの長い主題を持つ "Grave"。最初の主題はラインベルガーの最高のものであるが、主に6番目の伴奏部に負っている(そしてたまたまだが、左手の練習の最も役に立つレパートリーの1つである)。

 

(以下略)

No.11, in d minor, op.148

 その燃え上がる炎の美しい絵画のようなアジタートと、美しいカンテリーナのおかげでこのソナタは一般受けが良い。私はフーガも他と同じぐらい素晴らしいと、読者にわかってもらいたい。先の楽章から続く良い意味での試練を進み行くことにより、4楽章中最も素晴らしいとする私に同意するでしょう。

 

(以下略)



No.12, in D flat, op.154

 ほとんどの演奏者はそのソナタが最高であることに同意する。また私が思うに、残りの演奏者は少なくとも何者にも劣らないということを認めるだろう。その主題の素材は印象的であり、その展開はラインベルガーに期待する品質であり、そして作品のコントラスとバランスは中間楽章が全体的に静かに美しく奏でるため、必要な救済を提供することによって通常よりも優れている。それは強烈な第一、第三楽章の間に耳に十分な休息を当たえている。


(以下略)

No.14, C Major, op.165

 ラインベルガーの作曲の技量はハ長調ソナタの第1楽章でとても顕著にあらわされている。控えめに「前奏曲」と題されたそれは11ページをみたし、事実上フーガとソナタの形式を兼ね備えている。それは私たちに前奏曲とフーガを与え、明確な第2主題を含めることでソナタ形式に触れ(正式に要約された本当のソナタ形式で展開し、フーガの中間部に挟まれている)、そして前奏曲とフーガ両方からもたらされた材料をまじりあわせ、2ページにわたるコーダで結ぶ。形式は a と b 上にa-b-c-b-c-Codaであり、綿密な計画は完全な成功を経て運ばれる。

 

(以下略)



No.17, B Major, op.181 - Fantasia

 この作品は後期のソナタの中で最も知られているようである。確かにシリーズ最高級の一つであり、それは(例えば)半ダースある佳作から除外することは出来ない。変ニ長調(*)を呼び出す解放感、想像力に富んだ旋律、そして和声の豊かさ。メロディーに関する限り - 幅広いタイプの楽器によるメロディー - 私は第1楽章の冒頭部よりもより優れた現代のオルガン音楽を思い出すことが出来ない。それはこのように口火を切る:

 

(以下略) 

((*)訳者註・68小節目からのことではないか?するとニ長調だと思うのだが)

No.20, in F, Op.196 - To the Peace Fest.

 このソナタの副題に関してはよくわかっていない。ベネット博士(*)は作曲された時点(1900年)で、ハーグ平和会議(万国平和会議)が開かれていたことを作曲家は念頭においていると推測している。帰することは何であれ、前奏曲はいくつかの高尚なアイデアに触発されているようで、幅広さと気高さでソナタのいずれの楽章にも劣っていない。滅多に出会うことのないその主題の素材の形式の単純さに注目するべきである。

 

(以下略) 

(*訳者註:G. J. ベネット(1831-1911):ラインベルガーの弟子。ウェストミンスター大聖堂オルガニスト、デイリーテレグラフ誌音楽評論家)