Josef Gabriel Rheinberger /Harald Wanger


 ヨーゼフ・ラインベルガーは1839年3月17日に11人兄弟 - そのうち三人は出生時か幼少時に亡くなっている - の9番目の子としてリヒテンシュタイン侯国の首都・ファドゥーツで生まれた 。二日後彼は隣のフローリン礼拝堂で洗礼を受けている。

彼は死の数か月前、自身の名前についてこのように述べている。「私の本当の洗礼名はガブリエルではなく、ヨーゼフの祝日(3月19日)に洗礼を受けたので、神父はヨーゼフと与えてくれました。この変更は徐々に浸透し、今では誰も知らないことです。」洗礼時の司祭のヨハン・フランツ・フェッツはラインベルガーの妻ファニーの要請で出生時の様子を手紙で伝えた。

左の文章はラインベルガー資料館(リヒテンシュタイン)館長(?)ハラルド・ワンガー(1933-2011)による伝記(独文)の冒頭部分である。2014年末から2015年初頭にかけて訳を試みた物。だが、14行目で挫折。ここから続くセンテンスがまったくわからなくなってしまったのでギブ・アップ。

 

どなたか続きを訳していただけないだろうか <(_ _)>

 

2019年の春にがんばって訳しました。今後この本に書かれたことも反映できたらと思います。


 少し解説をすると、Kroyerによる伝記によれば9人兄弟であり、『写真で見る生涯と作品』では7人兄弟となっている。夭折した3人を勘定に入れても、どの資料も兄弟の数が合わない。