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Orgelsonate Nr.4 in a-moll, op.098

オルガンソナタ第4番 イ短調 作品98

Tempo moderato; Intermezzo; Fuga cromatica

◆ソナタ第4番の副題に関して (重要)

◆「滝廉太郎、ほか


 解説というにはおこがましいが、ラインベルガーのオルガンソナタ第4番の解説をしたいと思う。解説と言っても、WebMaster自体がこの曲の重要なエレメント「tonus peregrinus」に関してよく理解していないので、ここは全集の校訂者マーティン・ウェイヤーの解説を和訳を試みてみた。なぜ急にこのオルガンソナタだけ解説を行おうかと思ったかと言えば、この4番は非常に人気がある曲だからである。ちょっとググるとこの曲が国内で演奏された記録が割に出てくる。お前らこれしか知らないのかよ? というぐらいある。2014年WebMasterは4番の全曲演奏を生で体験してみたのだが、この曲は劇的で大変面白い。でもね~~、解説があまり正しくないのよね~~。「ダメよ、ダメダメ」とまでは言わないけど。そんなに間違ってはいないのだが、あまり正しくないのである。うん、やっぱダメかな。だが、どこがダメかというとぼろが出そうなので、ここはウェイヤーにおいで願った。まー、著作権的にあれな気がするけど、金をとっていないから目をつぶってチョ。ほかこのソナタの第2楽章が引用された『ベツヘレムの星 op.164』は少し書いたけれど、その源流にももっと手を付けなければならないと思ったからである。

 

 なおウェイヤーが語っていない要素について、いろいろな資料(CDのライナーノートや他社の楽譜解説)から多少補足を行っている。また余裕が出来たら、ハーヴェイ・グレイスの解説も和訳にも手を伸ばしてみたいと思っている(いや途中までやっているんだけど、いつ完成するかめどがつかない orz)

 

 あと、いいわけであるが、WebMasterはそんなに語学を得意としているわけではない(音楽もそうだけど)。十分誤訳もあり得る話なので、ここにある和訳は参考にする程度ならいいが、無断引用は固くお断りする。むしろ原文と突きつけ合わせて、さらなるブラッシュアップするべく、お叱りの連絡をいただければありがたい。あと可能なら他のお気に入りのオルガンソナタの解説にもチャレンジしてみたいと思うが、いつになるのやら。


Carus Verlag:50.238

全集第38巻 オルガンソナタ 1-10 該当箇所

*WebMaster註:第3ソナタにおいて(グレゴリオ聖歌の)第8聖歌が引用されている件。右の単行本後書きも参照せよ。

再び聖歌[*註]の旋律(今回は「Tonus Peregrinus」として知られる聖歌の第9番目の旋律)が使用された、オルガンソナタ第4番(イ短調、作品98)は1876年に作曲された。今回は第3番とは違い、開始部に引用されていない、しかし(大きな構造的芸術性をもつ)ソナタ形式の典型的な楽章の第2主題となっている。この楽章の概略は完全に学究的概念に対応している。1-20小節は第一主題、20-37小節は経過句、38-61小節は第2主題(並行調性のTonus Peregrinus)、72-98が展開部、99小節以降が再提示・結尾部。この楽章の形式的熟達は、コラールの旋律("Was mein Gott will わが神の御心のままに")を第2主題に使用したメンデルスゾーンのソナタ ヘ短調 作品65-1の第1楽章おける高いレベルに匹敵する。ラインベルガーの類似した形式主義的採択は、いかなる場合も古典派以後の亜流への後退を示していない。ベートーベンを引き合いに出すと、「本当に詩的な要素」がこの音楽独自の紛れもない魅力を与えている。中間楽章(インテルメッツォ)は作曲家自身、ことのほか気に入っているようだ。1888年、ラインベルガーはオーボエとオルガンのための「羊飼いの歌 アンダンテ・パストラーレ」として編曲し、2年後、彼はさらなるバージョンとして、クリスマス・カンタータ「ベツレヘムの星」op.164の第2楽章(「羊飼い」)を書いた。最終楽章、「フーガ・クロマティカ」は不安定な長い主題を経て、第1楽章の第一主題に回帰し、オルガンの持てる力を尽くして第9番目の旋律を引用する。


Webmaster補足

 

 オルガンソナタ第4番の第1楽章は1876年6月14日から29日にかけてスケッチが作られ、残り2つの楽章は7月2日に同時に完成した。清書原稿は現存していないため、最終的な完成日は不明。翌年2月にForberg社から出版された。この曲はオーボエとオルガンのための『アンダンテ・パストラーレ』や『ベツヘレムの星』の第2楽章への転用のほか、四手のピアノ連弾のためのアレンジも出版されている(1877年5月5日完成)。実はそのアレンジの原型を作ったのは妻のファニー・フォン・ホッフナースである。ピアノ連弾四手版は1877年の12月にやはりForberg社から出版された。またこの曲は弟子でのちのウィルトン公となる、イギリスの貴族階級出身の指揮者Seymuor J. G. Egertonに献呈された。彼はイギリスにおいてのラインベルガー作品の伝道者であった。

Carus Verrag:50.098

オルガンソナタ 第4番 単行本 後書き

 ラインベルガーのオルガンソナタででも、彼の他のオルガン作品であっても、「コラール前奏曲」など定旋律に基づいて作られた作品はほとんど無い。これは疑いなく、彼のオルガン作品は、礼拝の使用の目的ではなく、コンサートホールや教会でのコンサートでの演奏を意図していたという結論が導かれる。しかしながら、少なくとも2 つの機会で彼のオルガン・ソナタは礼拝に関連した音楽に近似したものとなっている。オルガンソナタ第3番 op.88 において第8聖歌篇の旋律(単旋律聖歌)が第一楽章と最終楽章に提示され、このオルガンソナタ第4 番 op.98(1876 年に作曲)においても第1 楽章と最終楽章で、聖歌の9 番目の旋律("tonus peregrinus")が使われている。オルガンソナタ第4 番においてラインベルガーは第一楽章で "tonus peregrinus" を使用し、古典-ロマン派の形式に沿い、第2 主題として厳粛なコラールの効果を展開している。そのような詩編の音色を使用することは、特別の関係を有しない作者不詳の音楽を見本としているのであって、メンデルスゾーンが賛美歌から引用していることに影響を受けているわけではない。まさにそれらの「中立性」がラインベルガーを引きつけたようだ(そして第3 ソナタでは全く異なる方法で第8聖歌篇の旋律を採用した)。メンデルスゾーンの模倣者たちが「教会のタッチ」(ハーヴェイ・グレース)を出すために賛美歌から引用する時に出したいと思っているような、信仰的な雰囲気を作り出すことは、ラインベルガーは意図していなかった。フーガ(第3 楽章)では、最初は半音階進行が使われ、次に続く詩編の音色は、半音階主義と釣り合い、第1 楽章を感傷的に再帰する。これらの対照的な要素は過度の技術を要求せず、また全体的に非常に目立つ形であるため、このソナタに人気があることが理解できる。中間楽章は作曲家自身により12 年後にオーボエとオルガンのための『アンダンテ・パストラーレ』として編曲され、1890年にクリスマス・カンタータ『ベツレヘムの星 op.164』の第2 楽章「羊飼い」として、さらに大規模(合唱、ソリストそしてオーケストラのための)に再編曲された。オルガンソナタ第4 番は極めて単純にオルガンのためのとても魅力的なロマン主義的な作品である。




 ちなみにWebMaster 所有のオルガンソナタ第4番楽譜。やはりこの曲は人気が高いから国内においても一番入手が可能である。左からマーティン・ウェイヤー校訂原典版(Carus)、エドウィン・レメア校訂版(Master Music:ただしSchirmerの復刻版でIMSLPからダウンロードできる)、バーナード・ビレッター校訂版(Amadeus)、ここまでは簡単に手に入る。続いてハーヴェイ・グレイス校訂版(Novello)、ヴォルフガング・ブレッチュネイダー校訂版(Butz)。手前は初版のForberg版コピー(IMSLPからダウンロード可能)である。

 

 どの楽譜を使ってもいいと思うが、推奨はやはり原典版か。レメア版は速度記号がおかしいため薦めない。実は時間が無くてちゃんと比較をしていないのだが、好きものの人はグレイス版がいいかもしれない。グレイスのフレージングは非常に人間の生理にあっているような気がしないでもないのだが。

 

 この曲の魅力はどこにあるのだろう。すでにウェイヤーも述べているが、第1楽章の人の心をひきつける劇的な導入部の第1主題 - 基本的にイ短調の三つの和音ラドミだけで構成された平易で有りながら剛健な旋律には驚かさる - と、それに対比する如く優しい第2主題。この2つの主題による、まさにソナタ形式の教科書と言ってもいいそのフォルム。柔和で作曲者自身が2度も転用したぐらいお気に入りの第2楽章。そしてすべてを吹き飛ばし、空が砕け零れ落ち、奈落の底まで潜り込んでいくのかと不安感をかきたてる半音階下降フーガによる第3楽章。その結末は第1主題への回帰と全てを浄化するかのごときオルガンの力の全てを出しきる - そうPlenoと指定されている - tonus peregrinusの調べだと思う。つまり全体として完璧な形式なのだろう。でも実はWebMasterは初期オルガンソナタ群の中では、4番よりも5番の方が好きだったりする。


 ちょっと...いや長くなるかな、ソナタ4番の楽譜の話をすると、基本的に一応、手稿譜(下書き&4手ピアノ連弾版清書)・検討しつつ、初版印刷譜を底本にしている、ウェイヤーの原典版(なぜウェイヤー版と言わないかというとそれはあとでわかる)を使うのが一番無難だと思う。判型もでかいし見やすい(ただしもともとの印字がかすれているので、ある意味見づらい)。ただこの単行本は原典版全集からのまるまるそっくりと分冊したもので、ノンブルが全集のままとなっていて少々癖がある(ただしあくまでもWebMaster所有分なので、ノンブルを修正したものも出回っているのかもしれない)。そしてこの版は基本的に初版のForeberg版の復刻である。ミサ曲の楽譜にもまるまる復刻したものがあるが、おそらく特に直すところはなかったのだろう。WebMasterは実際の所ピアノも弾けない素人なのだが、原典版とほかの版を比較してみると.....

 

 ブレッチュネイダー校訂版(Butz)は原典版の縮小コピーでしかない。オフセット印刷か? 和音の疑問点の解決、弾きやすさを考量して左右の手の入れ替えなどあるわけでもなく、とても校訂しましたとは言えない代物である。

 

 強いて言えば縮小してオタマジャクシの棒や臨時記号などがつぶれてしまったところを0.1mmペンで修正しているだけである。何箇所か、原典版にない記号が追加されている。

(第1楽章93小節目1拍目3連音符を示す3の数字にスラー状の囲みを追加。96小節目a tempoの追加。第3楽章35小節目2拍目ペダルの括弧にくくられたスタッカートの括弧を削除)

 

 ビレッター版(Amadeus)も原典版のコピーと思ってよい。ただしこちらは版下をちゃんと制作した模様で、原典版のようなかすれはなく、印刷もはっきりしている。またこちらも原典版にない記号の追加があるが、基本的には何も手を入れていないと言ってよい。ただし、印刷が非常に鮮明で見やすいので、この版が一番弾きやすいのかもしれない。(第1楽章23小節目ソプラノにスラーの追加。55小節目ソプラノのスラーの削除。65小節目から1P4段組が5段組になる。107小節目mfがpiú f。116小節目手鍵盤のffの位置をソプラノの上に変更。140-141小節目右手のスラーを5線の上から下に変更。第2楽章、129小節目mfのフォントを直している。第3楽章35小節目2拍目ペダルの括弧にくくられたスタッカートの括弧を削除。102小節目前の小節からソプラノに掛かっていたスラーを削除)

 

 レメア版(Master Music)はかなり、編集者独自の考えが色濃い。まずびっくりは速度記号が早めに設定されている。第1楽章のTempo moderatoのメトロノーム記号が四分音符=80なのだが、この版は96になっている。リュプザム(NAXOS)の演奏から入ったWebMasterからすれば微妙に速い。他の楽章を見てみると第2楽章インテルメッツォ・Andatino八分音符=108は変わらないが、第3楽章フーガ・クロマティカのTempo moderatoは四分音符=88が112にとかなり早めに指定されている。やっぱ早いと思うんだけどな~。

 

 ラインベルガーは近現代の作曲家のように細かいオルガンのレジストリーの指示はほとんど行っていない。あるのは強弱の違いにおいて簡単なレジストリーの違いを示唆しているのみで、そのさまはバロック期の作曲家のようであるという。あまり機能がないオルガンでも演奏できることを想定しているのだろう(故に彼のオルガン音楽はオルガニストの力量が試される)。実はこの第4ソナタ(だけとは限らないが)にはその示唆すらないのである。だからなのだろう、レメアも簡単なレジストリーの指示を出している。ただし、「Revised and Edited for the modern Organ」と書いている通り、どうも機能満載で手鍵盤4段ぐらいの現代的なオルガンを想定している模様である。そしてその手鍵盤をガンガン変えて表情をつけろと指示し、具体的にストップの指示も出している。当然のようにクレッシェンド・デクレッシェンドの指示もある。

 

 ほか、大きな特徴はそのフレージングの切り方である。スラーのかかり方に独自色がある。例えば第1楽章冒頭2小節の右手の第1主題。原典版のそれは2小節で終わっているが、レメア版は3小節目の1拍目までかかっている。この第一主題は裏拍で始まるので、次のフレーズも裏拍で始まっていくこのスラーのかかり方は非常に人間の生理に沿っていて正解だと思う。ただし素人判断で言わせてもらえば、正解を出しちゃっているので、アマチュアレベルの人ならいいが、音大で学んでオルガンで飯を食おうと思っているレベルの人はこの版は使ってはいけないと思う。本気で飯を食う気なら、レメア版以外のある意味無味乾燥とした楽譜から主題の流れを紡ぎだすべきである。この楽譜はピアノはかなり行けるが、オルガンもたしなみたい程度の人向けなのではないだろうか? 速度指定が早い件もあるし、アマチュアがなるべく早く引ききることを想定してるのではないか。

 

 さて、真打の登場・ハーヴェイ・グレイス版(Novello)である。この編集はレメアなんて足元に及ばないぐらい手を入れている。この曲に限らないが、彼は「ラインベルガーはいろいろ間違っちょるよ。だいたい手がちっちゃい人の事を考えていないよ」とかなり手を入れる。4番でいえばまずその第一主題のフレージングは事細かく裏拍で旋律を起こしていく。目で追っているだけで、「あれ生理的にこっちの方がさらに自然じゃね!?」と素人的には思える。また弾きやすいように一部の音符の左右の手の割り当てを変更する。指使いの数字も入れる。ところどころにスタッカートやテヌートを効果的に付与する。piú fなんてオルガンには無茶じゃないかという記号もあるし、クレッシェンド・デクレッシェンドとディナーミク指示もガンガン出してくる。速度記号こそ変えていないが、かなり恣意的にいじり倒している。ここまで独自解釈を加えるのならば、むしろ清々しい。WebMasterのような変態系のオタクちゃんからすればもう麻薬のようなもので、特にそのフレージングが頭にこびりついてしまい、帰って来れなくなっている。手を出さなければよかったと後悔中 orz(実際この4番のインパクトが強すぎて、手に入れられるグレイス校訂譜は全部手配した)。

 

グレイス版はアマチュアの人や学校で習っているぐらいの人は手を出さないことが無難だと思う。固定観念にとらわれて先に進めなくなるかもしれない。あと、WebMasterのように海外から調達できればいいが、国内でしか販売チャンネルを持っていないとものすご~~く価格が高くなってしまう(そもそも5番との合本でただでさえ高い)。「もう俺、ラインベルガーは1回極めたから」とぐらい豪語できる人以外にはお勧めしない。

奥が全集38巻ハードカバー。オルガンソナタの1番から10番までを収録している。手前はForebergの選集第2巻
奥が全集38巻ハードカバー。オルガンソナタの1番から10番までを収録している。手前はForebergの選集第2巻

 実はオルガンソナタ第4番にはもう1種類(いやWebMasterが知らないだけでまだあるのかもしれないけど)、ウェイヤーが編集した楽譜が存在する。ウェイヤーはForeberg社から、2巻本のラインベルガー・オルガン選集(ソナタも小曲集も)を出しているのだが、その第2巻に4番の第1楽章と第2楽章が所収されている。これが学習者向けの編集なのか、運指の番号や効率の良い指使いの指示(独自の左右の手の入れ替え記号)、足鍵盤の指示。表情記号の挿入。レジストレーションの指示がなされている。だがぶっ飛びなのが、ウェイヤー独自のフレージング指示である。スラーをほとんど取っ払ってしまい、これまた独自のフレーズを切り分ける"短い線"を五線の第一線につけ、フレーズの終わりと始まりを指定している。WebMasterみたいな粗忽者がこの楽譜で初めて4番に接した場合、勘違いするんじゃないかと心配してしまう。そもそも第1巻にしか記号の注釈が載っていないし。