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Sechs Stücke op.150

6つの作品 op.150

ヴァイオリンとオルガンのための


 1880年代の終わりごろからラインベルガーはオルガンを中心とした室内楽作品によく取り掛かるようになる。この時代、オルガンとソロ楽器とのアンサンブルがそこそこ人気があったのだが、演目として挙げられる曲の多くは既存曲の編曲が多くを占めていた。そこに着目した出版社と作曲家はいくつかの作品を提供することとなる。


 ラインベルガーの作品としては1888年のオーボエとの『アンダンテ・パストラーレ』(オルガンンソナタ#4の第2楽章の編曲。op.98,2)、及び1889年の『ラプソディ』(オルガンソナタ#7の第2楽章の編曲。op.127,2)。そして完全オリジナルのものとしては1887年のヴァイオリンとの『6つの作品 op.150』と1889年の『組曲 op.166』がある。


 2014年、『6つの作品 op.150』の部分演奏が非常に多く行われた。少なくとも大小の演奏会場にて少なくとも6回演奏された。首都圏外で行われたチェロとの共演の物以外すべて聴いた。とあるオルガニスのうかがったところ、本当にオルガンとほかの楽器とのアンサンブル作品は少なく、貴重なレパートリーとなっているのだそうである。この曲について、少~し語ってみたいと思う。なおこの曲については『「困ったチャン音源」のその1 Naxosのこれ』も参照のこと。


 この作品は出版社のフォアベルクの提案によって生み出された。1887年6月にいくつかのヴァイオリンとオルガンの短いアンサンブル作品を依頼の手紙を出している。ラインベルガーは9月27日から10月20日にかけて作品を書き上げるのであった(清書の完成は10月21日)。

 

 下書きと妻ファニーによるラインベルガーの作品目録との間では各曲の完成の日付に齟齬が見受けられる。下書きでは4曲目の「パストラーレ」が10月14日、5曲目の「哀歌」が10月12日が完成の日解けとなっているが、ファニーのカタログでは逆転している。このような完成の日付の違いが見受けられるのは非常に珍しい。この件は、当初ラインベルガーの計画では4曲目に「哀歌」を。、5曲目に「パストラーレ」を配置することを意図していたのだが、出版の段階で逆になっったことが原因ではないかと考えれるという。 原曲を出版社に送ったのち、ヴァイオリンとピアノのためのアンサンブルバージョンとして11月に書きあげられる。しかし急速楽章の「主題と変奏」、「ジーグ」、「序曲」の3曲しか現存していない。逆に残り3つの緩徐楽章が、チェロとオルガンのための作品として編曲をなされている。(「主題と変奏」はチェロとピアノバージョンも作られた形跡があるが、これもまた現存していない)

 

 原曲はヴァイオリニスト、ベンノ・ワルター(彼はラインベルガーの室内楽作品に多くかかわっている。)に献呈された。初演は1888年の3月17日、すなわち作曲者の49才の誕生日に、ミュンヘンのオデオンホールにて開催された音楽院の演奏会にて、ベンノ・ワルターのヴァイオリンと作曲者自身のオルガンによって「哀歌」「序曲」そして「夕べの歌」の3曲が行われた。この初演の後、「哀歌」と「夕べの歌」のチェロバージョンがフォアベルクに送られ、同社の求めに応じて「パストラーレ」も追加された。

 

 出版された原曲の構成は以下の通りである。

  1. Thema mit Veränderungen - 主題と変奏 (急)
  2. Abendlied - 夕べの歌 (緩)
  3. Gigue - ジーグ (急)
  4. Pastrale - パストラーレ (緩)
  5. Elegie - 哀歌 (緩)
  6. Ouvertüre - 序曲 (急)

 

 特筆すべきは「序曲」を終曲に配置していることだろう。ラインベルガーはほとんど自身の作品について語らない。演奏家、ひいては聴衆に問いかけるだけである。そこに意味を見つけ、何かを感じるのかは聴衆次第である。だが、この謎かけも演奏する側がなんの説明もなく行うだけでは、作曲者自身の意図をどれだけ聴衆に伝わるのであろうか? WebMasterはこの曲を聴くたびに、特に「序曲」を聴くたびに思う。

 

→下記の【再追記 2020/Mar/15】を参照せよ

清書表紙。わかりづらいが、曲順は2.1.3.5.4.6.
清書表紙。わかりづらいが、曲順は2.1.3.5.4.6.
以下清書の中身。2.のAbendlied (夕べの歌)が1曲目
以下清書の中身。2.のAbendlied (夕べの歌)が1曲目
1.のThema mit Veränderungen(主題と変奏)が2曲目に配置
1.のThema mit Veränderungen(主題と変奏)が2曲目に配置
3.のGigue(ジーグ)はそのまま
3.のGigue(ジーグ)はそのまま
4.Pastrale(パストラーレ)は出版譜と同様
4.Pastrale(パストラーレ)は出版譜と同様
5.Elegie(哀歌)も出版譜と同様
5.Elegie(哀歌)も出版譜と同様
6.Ouvertüre(序曲)はやはり最後に配置されている
6.Ouvertüre(序曲)はやはり最後に配置されている

<追記>

 (と、ここまでCarusから出ているラインベルガー全集第5部室内楽 第33巻 室内楽5 (独奏楽器とオルガン)の序文を参照しているのだが、少々疑問点が。下書きとファニーのカタログ日付に齟齬が発生している理由がなんとなく見えてきたのである。

 

 上記までの説明ではラインベルガーが作曲した順番は1.2.3.5.4.6. と行われ、出版に際して5. と4. の順番が入れ替えられたと思えるだろう。だが彼の下書き(BSB Mus. ms. 4739 b-4)と清書(BSB Mus. ms. 4620)を検討していくと、ちょっと事情が違うようなのだ。

 

 まず下書きを検討すると、2.(9月27日)、1.(10月2日)、3.(10月9日)、5.(10月9日)、4.(10月14日)、6.(10月20)に着手(または完了)したことが確認できる。ここで10月21日に完成したラインベルガー直筆の清書の表紙を見てみよう。2.1.3.5.4.6.と下書き作成順と同じである。だが、実際にの楽譜の並びを見てみると2.1.3.4.5.6.と4.と5.の順番が入れ替えられているのだ。同じ本なのだがどちらかが間違っている。ファニーのカタログを検討できないためここから想像がだが、ファニーの順番は4.5.であることから清書の表紙ではなく中身から日付を逆転させて記録したと推察できる。出版譜は清書の順に準じている(上の画像を参照)。

 

 ここでまた疑問なのは1.と2.の順番が逆転している点である。ラインベルガー自身の当初の意図は2.1.だったのであろう。出版の時点で何らかの意図で逆転してしまっている。その理由は今のところわからない。

 

 困ったチャン音源にも書いたが、このチクルスは「組曲」ではなく「曲集」である。楽譜に書かれている順番通りに(全曲)演奏する必要もない。故にラインベルガーもさして気にしなかったのではないだろうか。)


再追記 2020/Mar/15】

ラインベルガーが『Ouvertüre - 序曲』を最後に配置した件だが、これはこの曲集の解説だけを読んでいてもわからない。実はこの『Ouvertüre - 序曲』とは歌劇の開幕に先立つ管弦楽曲のように、序盤・開始を表しているのではない。この曲集の「序曲」はフランス風(式)序曲なのである。ラインベルガーはフィナーレとして好んでいにしえのフランス風序曲形式を配置したのである。この嗜好は『6つの作品』のほか、ピアノ曲の『主題と37の変奏 作品61』や4手ピアノ連弾作品『休日から 作品72』にも見受けられる。

 

再々追記 2020/Oct/23】

 この件に関して、ハンス・シュテーガー(Hanns Steger)の言葉を紹介する。

 

「曲集はバロック的、古典的、ロマン派的な形式の緩やかな連続性を使用することで、制約から自己を解放される。[...] ヴァイオリンとオルガンのための『6つの作品』作品150には、冒頭にロマン派的な性格作品、中央部に『ギーグ』(!)そして曲集の最後にフランス式序曲(!)がある。いずれにせよ、『序曲』を最終楽章として使用したことは、ラインベルガーの進歩的な音楽的思考を反映しているというよりも、彼の謎めいたユーモア感覚を反映しているに違いない。」


1.「Thema mit Veränderungen (主題と変奏)」下書き。赤矢印の箇所。「主題と~」の1段上後半部分からが2.「Abendlied (夕べの歌)」の冒頭部分で、2.が先に着手されたことがうかがわれる。