オルガンソナタ#4 サブタイトルの話

オルガンソナタ#4の各社楽譜。もっとありますから
オルガンソナタ#4の各社楽譜。もっとありますから

 『オルガンソナタ 第4番 イ短調 作品98(以下"4番")』ですが、国内の演奏会でまれに「第9旋法による」と副題がつくことがあります。これまで3度目にしました。そもそも4番には副題は付加されておりません。また教会旋法は8番までしかないはずなのに、なぜ「第9旋法」なのでしょうか? なぜこのような副題が添えられるのか不思議でしたので調べてみました。

 

 まず、4番の第1楽章の第2主題では「Tonus Peregrinus」というマリア讃歌の聖歌が引用されています。話すと長くなるのではしょりますが、これは大バッハの「Magnificat BWV243」で引用されていたり、モーツァルトのレクイエム(K. 626)で入祭唱のソプラノ独唱「Te decet hymnus, Deus, in Sion,」で引用されていたりとかなり有名な旋律です。シャイトも使ってるらしいです。

 

 これを「einen Psalmton: den 9. / psalm tone, in this instance the 9th,(前者は序文独文/後者は序文英文。「聖歌、この場合第9番」( - psalmを詩篇と訳してはいけませんヨ)」と Carus社のラインベルガー全集第8部オルガン編 第38巻での序文にて表記されます。「tone」は旋律です。

 

 さて基本的に教会旋法は8つまでしかありません。旋法は「mode」です。先述しましたが旋法は8番までしかありません。で、いろいろ問い合わせて、<「第9旋法による」と副題>の典拠を教えていただきました。

 

 

三省堂:クラシック音楽作品名辞典 第3版P985
三省堂:クラシック音楽作品名辞典 第3版P985

 三省堂の「クラシック音楽作品名辞典(以下辞典)」に「第9旋法による」と副題されていると教えていただきました。痛ててて(ノ∀`)……辞典が間違っているのかよ orz

 

 

 これは大間違いですね。先にも書いていますが、まず4番そのものには副題は付けられておりません。WebMasterは4番の楽譜を8種類所有しておりますが、そのような副題を付けた楽譜はついぞ見たことがありません。あるなら出して見やがれでございます。

拡大しました
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ラインベルガー全集第8部オルガン編 第38巻 目次。#3と#4のタイトルを確認してみてください。ちなみに#2は「Fantasie 幻想」です
ラインベルガー全集第8部オルガン編 第38巻 目次。#3と#4のタイトルを確認してみてください。ちなみに#2は「Fantasie 幻想」です

 次に「第9旋法」という言葉の使い方が間違っています。辞典が何を根拠にしているのかまではわかりませんが(海外の辞典かCDのブックレットか)、「Über den 9. Psalmton」と独語もつけてますが。これも先述してますが、旋法は「mode」です「Psalmton / Psalm tone」とは違うものです。だいたい旋律を引用しているのに、長調・短調の前身の音階(みたいなもの。これ説明が難しいな~)で旋律がかけるわけがないのです。

 

 よろしいですね、旋法(mode)と旋律(tone)を取り違えている上、その上存在しない「副題」にしているのです。つまり二重の過ちを犯していることになります。

 

 もうひとつおまけを書いておきますと、辞典は第3ソナタでも間違いを犯してます。画像の4番のひとつ上を見てみましょう。『オルガンソナタ 第3番 ト長調 op.88 (以下3番)』に「第8旋法による」と副題を付けています。なんざんしょ、これは? そもそも3番の副題は「Pastoral」です。当然邦訳は「田園」もしくは 「牧歌」となるべきはずです。なのになぜか「第8旋法による」と。これも「Über den 8. Psalmton」と独語でも書いています。

 

 もうお分かりですね、3番は第一楽章の冒頭、足鍵盤で「eine Vershälfte des achten Psalmtons / a half verse of the 8th psalm tone 」[(グレゴリオ)聖歌の第8旋律の半分。これもpsalmを詩篇と考えてはいけません]が引用されるのですが、これも旋法(mode)ととりちがえているんですね。存在する「Patoral」という副題を無視して、かつ頓珍漢な副題を付けている。そうです、これも二重に過ちを犯しているのです。

 

 こういうの研究(?)している身からしたら、困っちゃうんですよね~。ぶっちゃけた話、日本のオルガニストって解説とか読んでないんですよ、何人かの人にカマをかけてみたことがあるんですが。ましてラインベルガーの研究ってほぼ皆無なんですよね。弊サイト以外では論文3本ぐらいしかないんですよ。日本語の解説がないから誰も読まないし、ますます誰も気にしない。で、権威がある辞典が間違っていると。正直こちらからしたら迷惑。この項を読まれた方は、今後ゆめゆめこのような間違いは犯されないようお願いいたします。もし見かけたら生温く見守ったりしないで、関係者の人の耳元でボソッと「違うよ」とささやいてあげてください。とにもかくにも4番には副題はありませんし、そして3番は「Pastoral」ですから。