ピアノ三重奏曲 Nr.4 in F & Sextet, op.191(b)

参照される方々へ。弊サイトのデータをもとに解説を書かれる場合は出典として弊サイト名をお記し下さい。


Klaviertrio #4 in F, op.191

  1. Moderato
  2. Adagio molto
  3. Tempo di minuetto
  4. Finale. Allegro moderato

  同一作品群のなかでもまるで1830年代以前の作品のように多くのパッセージが鳴り響き「はぐれ者」といわれる(全集30巻解説:ハン・タイル)『ピアノトリオ 第4番 ヘ長調 作品191』(及びゼクステット op.191b)も妻フランチスカが亡くなる以前とは違い、作品成立のエピソードなどはほとんど伝わっていない。

 

 スケッチは『4声の男声合唱のための7つの性格的な歌』1.「森のバラ」のスケッチを1896年6月8日書き上げて以降の夏に開始され、病気によりたびたび中断している。第2トリオがピアノソナタから発展したように、当初はヴァイオリンソナタとして書き始められる。

 

 1877年の『ヴァイオリンソナタ 2番 ホ短調 作品77』、1878年の『ピアノトリオ 3番 変ロ長調 作品121』から約20年。1886年の『弦楽四重奏曲 2番 ヘ長調 作品147』から約10年。室内楽を作曲から遠ざかっていたラインベルガーは、このジャンルに挑みだしたことになる。

 

 そのスケッチは第一楽章の第二主題に拡張され、1897年10月10日にトリオの第1楽章として書き終わっている。1897年5月の『オルガンソナタ 18番 イ長調 作品188』や『男声合唱のためのミサ曲 ヘ長調 作品190』(98年3月)などのスケッチをはさみながら、第二楽章までの清書が1898年9月19日に、最終楽章までが11月27日に書き上げられる。

 

 この時期は作曲家の体力はかなり落ちていたと思われ、最盛期の量産体制からするとかなり数が絞られてくる。1897年が4点(作品186から189)。1898年が3点(作品195、190、191)。1899年が2点(作品193、193)。そして1900年が1点(作品194)。ラインベルガーが亡くなった1901年は2点(作品196と197)しか完成させられなかった(作品197は未完)。この曲は『大学序曲 作品195』を除けばミサ曲とオルガン曲しか作曲していない時期である。完成するまでの2年間、身体的衰えと精神的鬱による度重なる中断。作曲家はどのような面持ちで作曲を続けていたのだろうか。

 


引用された歌曲「Lerchen in heitrer Luf 澄み切った空のひばり」
引用された歌曲「Lerchen in heitrer Luf 澄み切った空のひばり」

↑左トリオでの引用箇所。左がゼクステット


↑第一楽章。左がゼクステット、右がトリオ。速度記号の数値が違うのがおわかりだろうか

↑第二楽章。左がゼクステット、右がトリオ。速度記号の違いがおわかりだろうか


↑上ファゴットの第二楽章冒頭部。下はホルン第二楽章の冒頭部。速度記号はともに「Adagio molto」になっている。via BSB Mus. ms. 4660-1

 トリオ「Adagio molto」の第二楽章第二主題(45小節目 poco piú mosso 以降)は、『ピアノ五重奏曲 ハ長調 作品114』の第四楽章Finale (75小節目以降)に引用された「Lerchen in heitrer Luft 澄み切った空のひばり」(Wache Träume 白日夢 op.57の3)を転用しており、以下61小節目、105小節目、121小節目にて再現される。2回も転用されたテーマは『オルガンソナタ 4番 イ短調 作品98』の第2楽章以来だろう。いや、まったく異なる編成に2度流用したのはこの旋律だけだろう。『ピアノ五重奏曲』はチェロから第二主題が開始されたが、トリオおよびゼクステットはピアノがリードしていく。原曲よりも、ピアノ五重奏よりも生き生きと空を翔るヒバリを描写している。

参考:ピアノ五重奏曲 ハ長調 作品114/第四楽章 Finale
参考:ピアノ五重奏曲 ハ長調 作品114/第四楽章 Finale

 第三楽章「Tempo di Minuetto」は構造(3拍子)と調(ヘ長調)で同じ名前をつけられたイ長調のトリオと対を成している。

 

 ラインベルガーはスコアリングに納得がいかなかったのだろうか、1898年の秋にいったんトリオとして完成されるが、書き直しを行いトリオを「op.191」、書き直しを「op.191b」として出版した。

 

Sextett op.191b

pf, fl, ob, clt, Fg, hor

  1. Moderato
  2. Andate molto
  3. Tempo di minuetto
  4. Finale. Allegro moderato

 正確な日付は残っていないが、ピアノと5種類の管楽器のための『六重奏曲 Sextet ゼクステット 作品191b』の編曲の完成は1899年初頭といわれている。直筆原稿はパート譜だけしか残っておらず、直筆総譜は現存していない。あえて作らなかったのではないだろうか。ピアノパートのトリオからの変更はほとんど見当たらず、パート譜ほどの重要性が希薄であることが原因ではないかといわれる。弟子のルートヴィヒ・トゥイレ(1861-1907)がすでに同じ編成の六重奏曲を作曲しているので(1886-1888)、なんらかの影響があったのかもしれない。

 

 ともに第一楽章は速度記号(Moderato)であるが、トリオのテンポを♩=88はゼクステットにおいて96に増加している。反対に第二楽章「Adagio molto」はゼクステット「Andante molto」で速度記号が落とされている。ただしメトロノーム記号は変更されてない(♪ = 96)。管楽器の呼吸の技術が弦楽器とは異なるタイミングであるという問題を与えていて、第一楽章の時制変化と第二楽章の速度記号の純粋に心理的変化の唯一の理由となっているのだという。

 

 ただしゼクステットの第一楽章直筆パート譜(BSB Mus.ms 4660)は88のママになっている。Leuckartから出た初版は96を保持している。また第2楽章ではゼクステットの直筆パート譜(BSB Mus.ms 4660)はファゴットとホルンのみ、「Adagio molto」になっている。おそらく初版で統一が行われたのだろう。

 

 5つの管楽器はれぞれの扱いの重要度が異なっている。パート譜はフルートが8ページ、オーボエとホルンがともに10ページ、クラリネットとバスーンがともに12ページ。主要な管楽器はクラリネットとバスーンで、ヴァイオリンとチェロの代わりに第一楽章の主題を与えられている。フルートはほとんど和音付けの目的で使われている。

 

最後にアドルフ・ザントベルガーがラインベルガーの死亡記事で同曲に触れた箇所を紹介する。

「先生はわずか数年前に登場した第4トリオ(ヘ長調 作品191)で再びわかわかしい調べを打ちました。事実、作品多くは誤りがあり時には正しいが、味気なく平均的な彼は事実再三再四浮上した」。