Josef その名前に関して


洗礼者名簿。わかりづらいが、赤アンダーライン部分がラインベルガー
洗礼者名簿。わかりづらいが、赤アンダーライン部分がラインベルガー

 本項ではラインベルガーのファーストネームについて記しておく。多くのCD及び演奏会の解説、近年出版された国内の書籍において、彼の名前のアルファベット表記が間違って書かれているのである。よく「Joseph Gabriel Rheinberger」と表記されているが、これは間違い。正しくは「Josef Gabriel Rheinberger」。

 

 「Josef」と「Joseph」。「f」と「ph」はそれほど区別はないと言う人もいるだろうが、ラインベルガーに関してはこれは正しくない。ラインベルガーは自らの意志で改名を行っているので「Josef」と表記するべきである。

 

 まず、1939年3月17日に生まれたラインベルガーは両親により、「Gabriel」と名付けられた。2日後生家の隣にある聖フローリン教会にて洗礼を受ける。洗礼名は「Joseph」。この洗礼名はイエスの養父、ナザレのヨセフの祝日に洗礼をうけたことに由来している。そう、彼の出生時の名前は「Gabriel Joseph Rheinberger」なのである。

 

 出生証明書(洗礼名簿)にはこう書かれている。「ガブリエル・ヨゼフ・ラインベルガー 1839年3月17日ファドゥーツ生まれ。リヒテンシュタイン侯の年金運用官、ヨハン・ペーター・ラインベルガーとその妻エリザベス、旧姓カリギエット、との子供」と。しかし後年理由は定かではないが、彼はこの名前を否定してしまう。公式にファーストネームとクリスチャンネームを逆転させて人生を送るようになる。その際JosephをJosefとした。

op.1の表紙。「JOSEF RHEINBERGER」であることがお分かり頂けるだろうか?
op.1の表紙。「JOSEF RHEINBERGER」であることがお分かり頂けるだろうか?

 1854年、15歳になる直前の2月から3月にかけて作曲した三つの「前奏曲とフーガ」(JWV 10, 13, 16)」においては、その自筆原稿表紙に「Jos. Rheinbergerによる三つの前奏曲とフーガ、ルター教会音楽監督、ミュンヘン音楽院教授にして最も偉大な彼自身の教師J. G. Herzogに献呈」と書かれていた。この時点でファーストネームとクリスチャンネームを逆転している。また1859年ペータースより初めて出版した『4つのピアノ曲op.1』の表紙も「Josef Rheinberger」表記されている。

 

 最晩年に知り合ったペンフレンド、ヘンリエッテ・ヘッカーにあてた手紙にはこう記されている。

「私の本当の洗礼名はガブリエルではなく、ヨーゼフの祝日(3月19日)に洗礼を受けたので、神父はヨーゼフ(註)と与えてくれました。この変更は徐々に浸透し、今では誰も知らないことです。」(1901年2月17日)

 

 そう、彼は自らの意志でファーストネームを「Josef」としたのである。もしお手元に楽譜があるなら、よく見ていただきたい。少なくともCarus社のものは「Josef」となっている。他社の楽譜でも同様なのではないだろうか? 「ph」とか書かれた楽譜は見たことがないのだが。国内の演奏会・書籍・サイトにおいてこの間違った表記は、多くの場合NaxosレーベルなどのCDを参照しているように思われる(実際某ウルトラ有名ホールはNaxosを参照していた)。また解説を担当している人間はほとんど楽譜を見たことがないのではないだろうか? まずね、第一資料の楽譜を見なさいって。90%のことはそこに真実があるから。

 

 本項を読まれた方はゆめゆめ今後「ph」の表記はなされないようにお願いしたい。


(註)ラインベルガー自身はこの手紙で「Josef」と記している。もしかしたら彼の認識は「Josef」だったかもしれない。だが、洗礼名簿は「Joseph」と記されている。