参照される方々へ。弊サイトのデータをもとに解説を書かれる場合は出典として弊サイト名をお記し下さい。

スターバト・マーテル op.138に関して

オルガン協奏曲 #1 op.137も少し

ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905) - Pieta (1876)
ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905) - Pieta (1876)

 ラインベルガーの作品で5本の指に入る人気曲(WebMaster調べ)に『スターバト・マーテル ト短調 作品138(Stabat Mater g-moll, op.138)』がある。彼のミサ曲群や『夕べの歌 Abentlied op.69の3』程ではないが、ググれば結構演奏されるている様子が出てくる。WebMaster調べでは1991年4月20日東京セイントアカデミー合唱団による演奏(指揮:宮下正/オルガン:三浦はつみ/@四ッ谷・イグナチオ教会)1999/10/23の東京アマデウス合唱団(指揮:齋藤明生)による東京・石橋メモリアルホールでの演奏がもっとも古い記録である(オルガン伴奏のみ。オプションの弦合奏を伴う完全版では1992年12月の早稲田大学混声合唱団によるものだろう)。

 

 この曲はなぜ人気があるのかちょっと考えてみたのだが、やはりほかのミサ曲群のように手ごろだからではないだろうか? 他の作曲家の同名曲に比べれば、15分ぐらいと演奏時間も短い。伴奏も基本的にオルガンだけでよい。人気のドヴォルジャークやプーランクのそれのようにフル編成のオーケストラも必要としないから、負担も少ない。しかもラインベルガーは難しい無茶な音楽を書いたりはしない。となれば合唱の演奏会のワン・ステージとして非常におさまりがよいのである。ある程度の人気が出るのもうなずける。

 

 では、少しだけこの曲について書いてみたいと思う。まずこの曲を考える上ではいくつかの前提がわかっていないいけないので、そこから考えてみたいと思う。

 

 まず、出版されたラインベルガーのスターバト・マーテルは2曲存在する。最初の『スターバト・マーテル ハ短調 作品16(Stabat Mater c-moll, op.16』は1864年4月に完成され、同年12月5日に、ミュンヘン・オラトリオ協会の指揮者に就任したばかりの作曲者自身のバトンにより世界初演がなされた。同時に演奏されたのはC.Ph.バッハのオラトリオ『砂漠のイスラエルDie Israeliten in der Wüste」』、メンデルスゾーン『讃歌 作品96 Hymn, op.96』。ラインベルガーはまだ25才の頃であった。この曲はソプラノ、テノールとバスとの3人のソリスト、打楽器はないが、フル編成のオーケストラ伴奏を必要する。「大」スターバト・マーテルと呼んでよい、大規模な作品である。この頃の彼は野心家で、作曲家として認めてもらおうと交響曲、オペラと規模の大きな作品を作っている。また彼はオラトリオ協会で他の作曲家の作品と共に、自作を発表し非常に鍛えられたと後に述懐している。

 

 大スターバト・マーテルが作曲されてから20年、姉妹編となる「小」『スターバト・マーテル ト短調 作品138』を作ることになる。実はこの2つのスターバト・マーテルの他に2つの未出版のそれ(JWV12とWoO45、どちらも8声)があるが、よくわかっていないのでここでは触れない。

 

 ここで次の前提を見てみたい。ラインベルガーは元来病弱な体質だったため、その生涯を第二の故郷ミュンヘンから離れることほとんどなかった。例外を除けば故郷のファドゥーツと保養地・ヴィルトバット・クロイトで夏の休暇を過ごす程度であった。彼は20代半ばごろまでは新進気鋭のヴィルトオーゾ・ピアニスト、オルガニストとしても名を成していた。しかし病弱で馬力が効かないため、この時代の他の有名音楽家のように演奏旅行に出かけるというが出来なかった。彼を鍵盤奏者としてのキャリアを断念させる要因もあった。27、8才頃から彼は右手に疾患を持つようになった。人差し指に「皮膚潰瘍 open ulcer」を患い、その後の人生に大きな影を落とすことになる。時にははげしい頭痛に悩まされることもあった。歯の具合が悪く手術を受け、それがもとで敗血症となり命が危うくなりかけたこともあった。彼は病弱であった。ただラインベルガーには多くの友人がおり、彼らがヨーロッパ中で作品を演奏してくれていた。

 

 オラトリオ協会やその後の宮廷楽長、音楽院の教授職は遂行出来たが、作曲家としての活動はかなり制限を受けることになる。ペンが持てないのである。30代以降の作品はかなりの数で、妻のファニーによって清書がなされた。また出版社への手紙の代筆など日常的なことも、かなり彼女が代行することとなる。

 

 では次の段階を見てみよう。1884年、大スターバト・マーテルを作って20年、ラインベルガーが45歳の頃である。前年の秋に歌曲集『ひそやかな谷 op.136』書き上げてから約半年、この年の前半は件の指の疾患がひどくなり、日常的な物書きがほとんどできなくなる。このころ『ヨーゼフ・ラインベルガーの健康状態についての報告』の中で妻・ファニーは、ヨーゼフの”神経システムは過敏状態であること、彼が何らかの興奮状態で何かを掴むと手が軽く震えること、彼がしばしば頭痛と不眠に苦しんでいること”を報告している。そして少し回復の兆しが合われたころの6月中、わずか17日間という短期間で爆発的に『オルガン協奏曲 #1 op.137』を書き上げることになる。この創作作業は少し回復したとはいえ、大分苦しかったようである。苦しみながら彼はオルガン協奏曲を書き上げた暁にはスターバト・マーテルを次に創作しようと誓うのであった。

 

 スターバト・マーテルは聖母マリアの、わが子イエスが磔刑にかけられた時の気持ちを慮ってテキストが書かれている。ラインベルガーはオルガン協奏曲を書き進めることは非常に苦しくつらかったが、そのような苦しみはマリアが受けた(7つの)悲しみに比べればさほどのことではないのである。自らの心を鼓舞し彼は『オルガン協奏曲 #1 op.137』を完成させることが出来たのであった。

 

 ヴィルトバット・クロイトでの夏の休暇中に指の治療を受けた後、指が大分回復したとことに感謝し、8月21日にスターバト・マーテルを書き始めるのであった。この曲は多少の異同(註)があるが基本的に伝統的なアナレクタ版テキスト(19連がFac me cruce custodiri/ Morte Christi praemuniri/ Confoveri gratiaのタイプ)を使用している。20連あるテキストは 1. Stbat Mater/ 5. Quis est homo/ 9. Eia Mater/ 10. Virgo virginum praeclaraと四部構成となっている。「大」スターバト・マーテルに比して小ぶりとなり、混声四部合唱・基本的にオルガン伴奏と、年齢を経てからの作曲者の宗教曲への指向がうかがえる。なお任意で弦楽合奏を伴奏に加えてもよい。この弦楽合奏部分は弟子のヨハン・ N・カバッロにゆだねたものである(あくまでもゆだねたものであり、勝手に付け加えられたものではない)。

 

註)

具体的には

第4連 2節目 "Et tremebat"-->"Pia Mater"
第6連 2節目 "Piam Matre"-->"Christi Matrem"
第13連 1節目 "Fac me vere tecum flere"-->"Fac me tecum, pie, flere"
第14連 2節目 "Te libenter sociare"-->"Et me tibi sociare"
第16連 2節目 "Passionis eius sortem"-->"Passionis fac consortem"
第17連 2節目 "Cruce hac inebriari"-->"Fac me cruce inebriari"

といった具合に、6箇所にヴァチカンバージョンのテキストが紛れ込んでいる。この理由はわからない。あまりラテン語に精通していなかったラインベルガーが部分的に取り違えたのかもしれないし、参照したテキストに間違いがあったのかもしれない。これは20年前の大スターバーと・マーテルの比較が必要かもしれない。

 

 もう一つラインベルガーを知るための前提を付け加えたいと思う。彼は最も影響を受けた作曲家の筆頭としてモーツアルトをの名を挙げている。影響を受けたのはモーツアルトの楽曲だけではない。その創作態度についてでもある。モーツアルトはその作品の素晴らしさとは裏腹に、その生涯は挫折と苦難と貧困の連続であった。だが彼はそのような日々の苦しさ、喜怒哀楽を自身の作品にまったく反映させていない。並みの作曲家だったら、自身の悩み・苦しみ・つらさをその作品に反映・昇華させて書き上げることがよくあるのだが、モーツアルトはほとんど次元を超えて音楽を紡ぎだしている稀有な人間であった。ラインベルガーはそのモーツアルトの創作態度にも影響を受け、同じように個人的事情などはほとんど作品には反映させていない。いくつかのレクイエムでさえ、特別な故人を悼んだり悲しいからと言ってを書いたわけではない。ただただモーツアルトのように職人技を超えて創作意欲の赴くまま、膨大な作品を書き続けたのである。おそらく彼が個人的事情によって作った作品は妻ファニーとの関わりを持つために作った、初期の多数の歌曲とピアノ連弾作品ぐらいである。そして指の疾患を抱えながら完成させた『オルガン協奏曲 #1 op.137』のなんと輝かしく、豊饒なことか。指の疾患のことなどみじんも感じさせない。そこに紡ぎだされる世界には、病気の影などみじんも見受けられない。

 

 繰り返そう「小」『スターバト・マーテル ト短調 作品138』はラインベルガーが個人的な事情で作った稀有な例なのである。演奏者はそのことを肝に銘じなけらばならない。そして観客にわからせてあげなければならない。