Messe in F, op.190

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直筆下書き。左上に「Pro omni tempore, Kat'exochen,」と書かれている。出典:Bayerische Staatsbibliothek München, Signatur Mus.ms. 4739 b-6 P.13
直筆下書き。左上に「Pro omni tempore, Kat'exochen,」と書かれている。出典:Bayerische Staatsbibliothek München, Signatur Mus.ms. 4739 b-6 P.13

 『ミサ曲 ヘ長調 作品190』はラインベルガーの最後の男声合唱のためのミサ曲である。といっても彼の男声合唱ためのミサ曲はそれに先立つ『変ロ長調 作品172 (1892)』しかないが。楽曲の構成は男声4部合唱(TTBB)とオルガン伴奏。同じ構成のミサ曲としてはグノーの『第2ミサ曲 ト長調』が先行するが、グノーは(そのほとんどの小ミサ曲で)Benedictusを欠いており、影響を及ぼしているとは思えない。また男声合唱のためのオリジナルミサ曲といえば、デュオパの『荘厳ミサ曲』があまりにも有名だが、ほかにリストによる『レクイエム』と先述のグノー(ハ長調も含む)しか思い浮かばない。近年取り上げられだしてるラインベルガーの作品は、貴重なレパートリーとなっている。

  

 この曲の成立につていは資料が無いため全くわかっていない。何故作曲されたのか、いつ初演されたのかさっぱりわからない。ご存じの方は教えていただけないでしょうか? 次の混声合唱とオルガンのための『ホ長調のミサ曲 作品192』のように、初版を出版したフォアーベルク社からの委嘱だったのかもしれない。1898年2月25日のKyrieの完成を皮切りに3月5日にかけて下書きが行われ、清書が完成したのは同年4月6日である。下書きの段階で「Pro omni tempore, Kat' exochen,」という言葉が書き込まれており、この作品は教会暦のいつでも使用できることを意図していたことが解る。しかし清書からはその文言は削除されている。ラインベルガーにはどのような考えがあったのであろうか? すでによき理解者・記録者であった妻、フランチェスカ(ファニー)は数年前に亡くなっている。作曲家がなぜ取りやめたのかはうかがいしれない。清書の筆致は大分よれよれであり、体の衰えが見受けられるのは否めない。

直筆清書。Agnus Dei結部。直線などに弱々しさを感じる。出典:Bayerische Staatsbibliothek München, Signatur Mus.ms. 4659 P32
直筆清書。Agnus Dei結部。直線などに弱々しさを感じる。出典:Bayerische Staatsbibliothek München, Signatur Mus.ms. 4659 P32

 ファニー存命中は彼女の日記からさまざまな、曲の成立過程がうかがえたが、先に記したように経緯はわからないため、ヴォルフガング・ホッホシュタインの解説は楽曲に主眼が置かれている。以下はホッホシュタインの解説を下敷きとしている(いやこの記事そのものがはほとんど下敷きにしているんですが)。

 

 Kyrieは冒頭の旋律がたびたび回帰するが、最初に提示された主題の効果を高めるため微妙に変化を見せながら、シンコペーションの動機で提示され、嘆願のしぐさを表し半音階で下降しながら「Christe eleison」のオルガン伴奏部で最初に示される。

 

 GloriaとCredooの開始部は『変ロ長調ミサ曲』同様、ユニゾンで開始されている。Gloriaの「Et in terra pax」部分の旋律はグレゴリオ聖歌ミサ曲「In Festis Duplicibus. 5 (De Angelis)」の先唱から直接引用されている。この主題は「Domine Deus」と「Quoniam tu solus Sanctus」で三度下降の形態で再び現れ、トップテノールで歌う中央部分の「Miserere」を思い起こし、模倣する結部(「Cum Sancto Spiritu」)により楽章全体に統一感を与えている。

 

 Credoでは序盤主題の再現が建築的構成要素をなして楽章全体に統一感を与えている。注目するべき点は「Et incarnatus」と「Crucifixus」の箇所において、オルガンの持続するホ音の下において合唱が様々に渦巻いている。またCredoでは「Et iterum venturus est cum gloria judicare vivos et mortuos: (主は栄光のうちに再び来たり、生ける人と死せる人とを裁きたもう。)」に置いての「cum gloria」が欠落している。ここにラインベルガーのピントずれ加減がうかがえる。

 

 ラインベルガーの2つのミサ曲には多くの共通点があるが、このヘ長調のミサ曲はポリフォニックな面が少なく、全体的に素直であり、かつ作品は重厚で内向的であり、極めて歌唱的旋律で作られた印象がある。テオドア・クロヤーは述べている「ラインベルガーのもっとも個人的な作品である」と。そのスタイルは卓越した円熟の域であるのは明らかである。明白なメロディに秘められた抒情的な対位法は、必ずしもポリフォニックであることが正しいわけでは無い事を表している。 

 

 SanctusとBenedictusの結部「Osanna in excelsis」は異なる形態をしている。これはラインベルガーの大きな特徴でもある。一般論として両楽章の該当箇所は同一になるが、ラインベルガーは多々レギュレーション違反を犯している。なお『変ホ長調ミサ曲 作品155』で問題になった終了部は「excelsis」できちんと終了している。Agnus Deiは最初のクレッシェンドの後、優しさと平和の雰囲気の中で終了する。ミサ曲全体においてオルガンは特にBenedictusとAgnus Deiで独立した展開を見せている。

 

 テオドア・クロヤーは「ラインベルガーのもっとも個人的な創作物。そのスタイルは、正確にはポリフォニーではなく全く光であることを通して表される円熟の境地に達し、その秘密はメロディーの明確な形ある抒情的な対位法である」と評している。ヴォルフガング・ホッホシュタインは「男声合唱のためのミサ曲 作品190はそのジャンル、すべての例の中において最も気高いものの1つである」と締めくくっている。