オルガン系:小ネタ編


 基本的にはチクルスの単品楽章のみを収録したオムニバスCDは切りがないので買わないことにしているのだが(もうAbendlied, op.69/3で懲りたです。もう管理できない orz)、どうしても珍品まがいのというか、まさにお宝状態の録音が有ったりするものだから、どうしてもコレクター道というものは辞められない。


 勘が働いたりして面白いものが見つかったりすると、小躍りしてしまう。他人に話してもその価値がわかってもらえず、書いている本人以外にとってはどうでもいいチラシの裏に書くような内容だけど、興味があったらどうぞです (^ν^)


The Britannic Organ Vol.9

レーベル:Oehms Classics
Disc No.:OC 848

 悲劇の豪華客船タイタニック号の姉妹船【ブリタニック号】には娯楽用設備として「ヴェルテ・フィルハーモニー・オルガン」取り付けられていた。レコードなどが普及するまでロール紙により音楽を供給していたものである。ブリタニック号は建造中に第一次世界大戦が勃発し、病院船と徴用。結局エーゲ海で機雷に触れて沈没し、一度も客船として働けなかった本当にかわいそうな船。で、100年ぐらい所在不明だったのだが、スイスの『自動演奏楽器博物館』に所蔵されている、自動演奏オルガンブリタニック号に搭載されていたものだろうとされ修復されて、歴史的な演奏用ロールを再現させたものという、結構いい加減な企画である。ま、物珍しいものでないと売れないからね~。

 

 でだ、その中の第9集。本ディスクは2枚組。Disc1はアメリカでヴェルテを支えていたさまざまなオルガニストたち。Disc2はイギリス出身で、アメリカで活躍したコンサート・オルガニスト、エドウィン・ヘンリー・ルメア(1865-1934)のロール紙に残された演奏記録。彼は当時超売れっ子のオルガニスト。一説には史上最高の観客動員を誇ったという。彼はその絶頂期に100本近くのロールを残しているという。で、その演奏の中にラインベルガーのオルガンソナタ3番の3楽章が収録されている。

 

 ルメアはラインベルガーのオルガンソナタを校訂していて、今でもその楽譜は手に入る。特にIMSLPにアップロードされた4番は速度記号が微妙だったりするので、WebMasterは嫌いである。楽譜はそこそこ高いから、あれをダウンロードしがちになるけど、この辺の事情を知らずに演奏しちゃうから危険なんだよな~。ちなみにMaster Music Publications,Incからも復刻されているので、ダウンロードしてプリントアウトしてという手間が省けたりもするが、やっぱりちゃんとわかっていない人は使わない方が賢明だと思う。ちなみにMaster Music Publicationsから4番以外のオルガンソナタが出ているのかはさっぱりわからない。

 

 閑話休題。で、ルメアによる3番だ。4番ならルメアがどのように弾いていたのか比較ができるのでよかったのだが、いかんせんこれ以上記録が見つけられないのでしょうがない。ここまではいろいろ張り巡らせていたアンテナに引っかかっていて、「単品楽章だからいらないや ( `3´)」と思っていたもの。でも何かおかしいことに気づく。いろいろなサイトにあげられた、この3番のデュレイションがおかしい。単品楽章なのに13分もかかってしまうのである。

 

( ゚Д゚)<「はぁ? 6~7分ぐらいの曲なのに13分!? これおかしくね?」

 

 ここで何かがひらめく。勘が働くので取り寄せてみた。確かにディスクのプログラムにも「3Sätze (3つの楽章。複数形にヒントあり)」、輸入・販売元のNaxosによる日本語解説は「第3楽章」としっかり書かれている。でもやっぱりデュレイションは「13分」。はたしていったい....

 

 曲の冒頭に愕然。「こ、これ第8詩篇によるペダルの主題(ノ∀`)」。そう「第3楽章」と表記されているのは間違っているのである。トラックこそ1トラックだが、ソナタ全曲が収録されてるのだ。つまり日本語解説を元にした数々の紹介は間違っているのだ。

 

( ゚Д゚)<「これ3番の楽譜の問題を探る歴史的資料じゃん」

 

 ソナタ3番は初版譜で冒頭の主題の音価が間違っているので、90年代に発売された楽譜がそのまま間違いを引きずっているから問題が発生しているのである。だから録音もその間違いを基にされている物が存在する(普及している録音は原典版を使っているけどね)。

 

 ルメアは古い記録であるから興味津々で聴いたというより、問題点は冒頭にあるのでわかってしまう。

( ゚Д゚)<「やっぱ、初版譜使ってんだ。そうだよな古い記録だから。自筆譜なんてそうそう見られる時代じゃないだろうし」

 

 というわけで、表記に間違いがあるのと共に、歴史が感じられる、オタクちゃん好みのディスクなのでした。


Organs of Ballarat Goldfields

収録曲:

   Tr.12:オルガンソナタ #8 より2.Intermezzo
   Tr.13:オルガンソナタ #4 より2.Intermezzo

 そもそもラインベルガーの作品はヨーロッパのレーベルで収録されたものが多いのだが、こちらかなり珍しくオーストラリアのレーベル。収録地のバララットはオーストラリア南部ヴィクトリア州の州都メルボルンの北西約100キロの地にある都市。ここは19世紀に金鉱が発見、入植がはじまり多くの教会がたてられた。1995年にイタリア人オルガニスト、セルジオ・デ・ピエリがこの地を訪れて、「なんだい立派で歴史的なオルガンいっぱいあんじゃん! 中にはメンテナンスしてないものもあるけどサ」と気づき、毎年1月に10日間の音楽祭を開くようになった。オルガンだけではなく、歌手や室内楽を呼んだりと催し10年、同地の様々なオルガンの音色を録音する企画により、このディスクが完成することとなった。15ケ所の教会においてムファット、大バッハ、シューマン、メンデルスゾーン、ラインベルガー、フランク、ラングレー等々そうそうたる作曲家の小品が並べられている。WebMasterはそれほどのオルガン曲コレクターではないので、普通なら珍しいけれど、オーストラリア産程度のディスクなんて買わない。買うにはわけがある。収録会場がかなり分散しているので、一人の人間で収録するには限界がある。そこでこのディスクには総勢6人のオルガニスによって分担されている。その中に一人、日本人がいるのである。その名はRyoko Mori(森亮子)。


 森亮子は茨城県出身、フェリス女学院大学でオルガンを専攻した後、東京芸術大学、米国ダラス・ベイラー大学で研鑽をつみ、さらに聖徳大学大学院音楽文化研究科博士前期課程修了。2004~08年メルボルンで教会オルガニストを務めて修業。2013年第3回アレクサンドル・ゲディケ国際オルガン・コンクールで3位入賞した猛者(ほめ言葉です。本人はとてもチャーミングな女性)。そのレパートリーはオルガンなら独仏どころか英となんでもござれ、オルガンだけではなくタンゴもジャズもこなせる凄腕。現在は埼玉の加須愛泉教会オルガニスト。東京浅草橋においてオルガンスタジオ「スタジオM Garten」を主催している。このディスクは森のメルボルン時代に録音されたものであり、一介の日本人が参加しているという点でも、その実力のほどがうかがえる。


 森は17トラック中5トラック。5ケ所の教会でそれぞれブクステフーデとメンデルゾーン、そしてラインベルガーを担当している。ラインベルガーはソナタ8番の第2楽章"Intermezzo"とソナタ4番の第2楽章"Intermezzo"と、かなりマニアックでほっこりホンワカ系な選曲になっている。


 いや、まだこの程度なら手を出さない。この程度のフラグメントではWebMasterの触手は動かない。さらにこのディスクにはすごいことがある。このディスクは正確な録音日時は記されていないが、2005年にリリースされている。


 ラインベルガーを吹き込んだ日本人で、2005年以前のオルガニストは彼女しかいない。WebMaster調べではソナタ4番の椎名雄一郎(2008)、作品150を断片的に吹き込んだ岩崎真実子(2007)及び荻野由美子(2009)、所沢ミューズで17番の1を入れたの武久源造(2006)よりも早いのである。そう森は日本人オルガニストとてもっと早くラインベルガーを吹き込んだ人間なのだ(さすがに2002年の松崎裕のホルンソナタにはかなわないが)。しかも椎名も荻野も武久もこれらは実はインディーズレーベル扱いなのだ。森のディスクは腐っても鯛、オーストラリアのちゃんとしたメジャーレーベルなのであ~る。


 本サイトでいろいろ紹介しているディスクは一部を除き手に入れやすいものばかりだが、このディスクだけは入手方法を書いておこう。 Moveレーベルのページで概要を把握したら、その先の Buywell Just Classical または Australian Music Centre の どちらかの通販サイトを利用しよう。WebMasterは特に何も考えずに前者で注文したが、1か月ほどで航空便で届いた。希望小売価格(?)25オーストラリア$だけど、どちらのサイトも少し割り引いて買える。約70分。


 実は森はmoveレーベルからもう1枚CDを出している。「Organ of the Antipodes オセアニア(南太平洋の)のオルガン」。ラインベルガーは絡んでいないが、こちらも紹介だけしておこう。「Organs of the Ballarat Goldfields」にも参加しているオーストラリアのオルガニスト・Rhys Boakとの共作で独奏(またボエルマンのトッカータが格好いいんだ!)のほか、Boakと共に「イングランドのモーツァルト」と呼ばれたサミュエル・ウェスレーの『オルガンのためのデュエット』で四手の共演している。ロケーションはメルボルンの長老派教会。同教会のオルガン100周年の記念だという。2006年のリリース。