中期宗教曲集b群

opp.133, 134, 140, 163

参照される方々へ。弊サイトのデータをもとに解説を書かれる場合は出典として弊サイト名をお記し下さい。


FvHは妻フランチスカによる独訳テキストも付加。ただしop.140は確定してないが、フランチスカのカタログでop.123aに全て「ドイツ語テキストを提供」と記入があるため、このop.140のテキストも彼女が提供したと考えるのが妥当だろう。カッコ内の年は出版年。

Vier Motetten op.133 (1883) FvH

4つのモテット 作品133

SSATTB

 

1. Anima nostra わが魂

2. Meditabor わが喜びは

3. Laudate Dominum

主をほめたたえよ

4. Angelus Domini

主の御使い

Oster-hymne op.134 (1883)

復活祭讃歌 作品134

SATB+SATB

1883年に作曲したVictimae paschaliに、後半部分としてTera tremuitを組み込んでいる(97小節目から)

Fünf Hymnen op.140 (1885) FvH

五つの讃歌 作品140 SATB, org

 

1. Tribulationes 苦悩

2. Dextera Domini

主の右手は

3. Eripe me

主よ、救い給え

4. Ave Regina

愛でたし天の女王

5. Angelis suis

神は御使いたちに命ぜられた

2. Dextera Dominiは1883年8月30日に書かれた

Fünf Motetten op.163 (1890) FvH

5つのモテット 作品163

SATTB

 

1. Benedictus Dominus

主はほむべきかな

2. In Deo speravit

3. Sederunt principes

4. Confitebor tibi Domine

主は私の救い主にいわれる

5. Benedicta es tu

1. Benedictus Dominus

4. Confitebor tibi Domine

は最初の出版計画時1885年に書き加えた。

2. In Deo speravit

は出版のさいに作曲した。


  ラインベルガーは存命時代人気作曲家であったので、一部を除いて作品の発表後あまり時間を経ずに出版された作品がほとんどである。ミサ曲やオルガン曲は出版社からオファーにより製作されたものも多い。無伴奏男声合唱曲は片っ端から出版されていると言ってもよい。だが、意外なことに無伴奏宗教曲は彼のミサ通常文の作品や器楽伴奏付き宗教曲と比較してもその分量はそれほど多くはない。前者は全集にして5冊、後者は4冊のボリュームがあるが、無伴奏宗教曲は1冊分の分量しかない。そしてさらに意外なことに無伴奏宗教曲の多くは出版社から刊行を断られている。

12 Hymnen, Gradualien u. Offertorien (a capella) für Kirch und Concert (WoO7); BSB Mus.ms. 4672-2
12 Hymnen, Gradualien u. Offertorien (a capella) für Kirch und Concert (WoO7); BSB Mus.ms. 4672-2

 1877年バイエルン王ルードヴィッヒ2世により、フランツ・ヴュルナーの後任として宮廷楽長のポストは王立ミュンヘン音楽院の教授であり監督官のラインベルガーが任命された。彼はミュンヘンオラトリオ協会での指導者、またミュンヘンの主要教会でオルガニストのポストを歴任した人物は最高の選択であり、世間も納得の人事であった。「王の音楽監督の任命は大きな喜びである。ヨーゼフ・ラインベルガー教授はヴュルナーの後任で教会音楽の宮廷楽長に就任した。それは正しく、これ以上の幸運な選択はありえない」(アウグスブルク夕報。1877年9月21日)。

 

 宮廷楽長任命に触発され、ラインベルガーは無伴奏宗教曲に対し関心を集中的に向けた。おそらく当時のカトリック宗教音楽を簡素化・清浄化を志向したセシリアニズムの影響であろう。1877年の秋に『Fünf Hymnen op.107 5つの讃歌 作品107』を作曲・出版を行ったが、この曲集は別項で述べる。本項では1881年前後に製作され、1890年ごろのまでの間断続的に刊行された中期の宗教曲集opp.133、134、163そして無伴奏作品出ではないがop.140の4作品を取り扱う。

Hoffnaass, Franziska von: Katalog - BSB Mus.ms. 4734-1, 1. Band p.288
Hoffnaass, Franziska von: Katalog - BSB Mus.ms. 4734-1, 1. Band p.288

 1881年1月から9月にかけて、ラインベルガーは諸聖徒宮廷教会の任務のため、アドヴェント(待降節-クリスマスの前の1ヶ月ぐらい前と思っていいのでは)から5月までの期間のための宮廷教会で使用する11曲のラテン語モテットを作曲した。これにすでに作曲・演奏をしていたもう1曲のモテット - Tribulationes 苦悩 - を含めて「Aus dem Kirchenjahr 礼拝の年から」と題し、全12曲の曲集していったんまとめた。「12 Hymnen, Gradualien u. Offertorien (a capella) für Kirch und Concert 12曲の讃歌、昇階唱そして奉献唱(無伴奏) 教会とコンサートのための」(以下「12曲の曲集」)と写譜屋によって書かれた直筆原稿写しの表紙には、作品番号「op.123」を割り当てられていたことが確認できる。また妻フランチスカによる作品カタログでは1番の「Triblationes」から6番の「Tera tremuit」までを123aとし、7~12番は123bと分割しての出版も視野に入れていたのではないか思われる点がある。

 以下にフランチスカのカタログと全集7巻解説序文に基づいた一覧を提示する。

  op.123a        
  タイトル 邦題 作曲 編成 収録
1 Triblationes 苦悩 1878/Jan/10 SATB op.140-1(SATB, organ)
De profundis 深き淵より *

SATTB

op.163に含まれる予定で

あったが除外された

3 Angelis suis

神は御使いたちに

命ぜられた

1881/Jan/5

SSATB

op.140-5(Briton Solo, SATB, organ)

4 Sedeerunt principes   1881/Apr/11-12 SATTB op.163-3(SATTB)
5 Angelus Domini 主の御使い 1881/Feb/21-24 SSATTB op.133-4(SSATTB)
6 Tera tremuit   1881/Jan/8-9 SATB+SATB op.134後半に包含(SATB+SATB)
  op.123b        
7 Ave Regina 愛でたし天の女王 1881/Aug/2

SATB

op.140-4(SATB, organ)

8 Bededicta es tu 主はほむべきかな 1881/Aug/18 SATTB op.163-5(SATTB)
9 Meditabor わが喜びは 1881/Aug/27 SSATTB op.133-2(SSATTB)
10 Eripe me 救い給え 1881/Aug/22

SATB

op.140-3(SATB, organ)

11 Anima nostra わが魂 1881/Sep/16 SATB op.133-1(SSATTB)
12 Laudate Dominum 主をほめたたえよ 1881/Sep/1 SSAATTB op.133-3(SSATTB)

(すんません、一部の曲の邦題ですがよくわかってません。判明したら追加します。ご存知方お知らせください。そのほかの曲で正しい邦題をご存知の方もお知らせください、修正します。)

(* De profundis は全集7巻によると日付は確定していないと言うが、フランチスカのカタログによれば1881年4月22日と日付がある )


Hoffnaass, Franziska von: Katalog - BSB Mus.ms. 4734-1, 1. Band p.298
Hoffnaass, Franziska von: Katalog - BSB Mus.ms. 4734-1, 1. Band p.298

 しかしこの12曲の無伴奏宗教曲集は出版されることはなかった。理由はわからない。ラインベルガー自身、または出版社が曲集として大きすぎると考えたのかもしれない。「123」は空き番号となったままペンディングされた。無伴奏モテット集の出版を諦めなかったラインベルガーは「12曲の曲集」の出版の機会をうかがい、後に分割・大幅な改訂を施すことになる。

 

 1883年2月12日、ラインベルガーは「12曲の讃歌、昇階唱そして奉献唱」から4曲(「Anima nostra」、「 Meditabor」、「 Laudate Dominum」、「Angelus Domini」)を抽出し、ライプツィッヒのローベルト・フォアベルクから『Vier Motetten op.133 4つのモテット 作品133』として出版された。なおこのとき作曲家は1881年時点で空き番号となっていた「作品123」として出したかったが、作品番号は「133」が割り当てられた。フォアベルクからすでに無伴奏男声合唱曲集『Aus Westfalen ウェストファーレンから 作品130(1882年作曲・出版)』を刊行したばかりだったため、番号が古くなってしまうの嫌ったのではないかと言われる。『作品123』の空き番状態が続いていたが、全24曲の「12曲の厳格な厳格な様式による フーゲッテン 作品123」のaとbにその番号を割り当てた。フーゲッテンの出版はライプツィッヒのKahnt Nachfolgerから1884年に行われている。

 ラインベルガーは同年『Oster-hymne op.134 復活祭讃歌 作品134』作成時、6月13日に作曲した「Victimae paschali」の続きとして奉献唱「Terra tremuit」を取り込んだ。この曲もフォアベルクから出版され、作品番号は「134」が与えられた。ラインベルガーは念のため「Terra tremuit」単体で協会で演奏したという(1883年9月28日)。『復活祭讃歌』は1883年10月27日にラインベルガーの「モテット」シリーズを演奏したライプツィッヒの聖トマス教会カントール、ヴィルヘルム・ルストに献呈された。

 1885年2月に、ラインベルガーは再び2つのモテット集op.140とop.141の出版しよう試みた。前者は件の「12曲の曲集」より「Eripe me 主よ、救い給え」、「Ave Regina 愛でたし天の女王」、「Angelis suis 神は御使いたちに命ぜられた」に加えて、1883年8月30日作曲した「Dextera Domini 主の右手は」を加えた5曲の『Fünf Hymnen op.140 』となった。そのさい2.「Dextera Domini」、4.「Ave Regina」、5.「Angelis suis」の伴奏は必須ではないと指定された。

 

 op.141は12曲の曲集から「Sederunt principes」、「De profundis」、「Benedicta es tu」を抽出し、新作の「Benedictus Dominus」、「Confitebor」2曲を2月に加えて出版を試みようとした。これは無伴奏であった。

 

 作品140は1885年夏、フリードリッヒ・キストナーから出版された。しかし、op.141は日の目を見ることはかなわなかった。レーゲンスブルグの出版社ゼーリングが予定されていたが、同社からの手紙を見てみよう

 

 「あなたの大切な作品141の提供による私の大きな喜びは、言葉の解釈によって水を差されました」

 

 セシリア運動に携わる15,000人の会員がローマからの厳密な指示に従ったため、出版社に圧力をかけたのだという。教会から非難されている作品を自社のカタログに含める事はゼーリングはよしとしなかった。ゼーリングはラインベルガーに適切に修正することを提案したが、ラインベルガーは作品には手を入れず、さらに5年の月日がたつ間出版をあきらめなかった。ここに作曲家の芸術的自信が現れている。1890年出版社フォアベルクは「あなたのペンから一つ以上の比較的短いモテットを受け取ることをとても喜んで」いると1890年4月20日の手紙語っている。曲集は『Fünf Motetten op.163 5つのモテット 作品163』してまとめられた。だがそのさい「De profundis」はオミットされ、1890年5月5日に作曲したまったくの新作「In Deo speravit」に置き換えられた。「De profundis」は1895年『Der Chorgesang 合唱曲』誌に掲載され、こんにちはではWoO 13として分類されている。